死んだ親友の裏アカを、私は開いていいですか

 親友が死んだ翌日、親友からDMが届いた。

 朝倉莉子。

 三日前に死んだ、私の親友から。

 午後九時十三分。

 葬儀から帰って二時間ほど経ったころだった。

 私は制服のままベッドに座り、スマホを握っていた。着替える気にもならなかったし、眠れる気もしなかった。

 画面の上に、小さな通知が浮かんだ。

〈新しいメッセージがあります〉

 知らないアカウントだった。

 アイコンは真っ黒。ユーザー名も、英数字を適当に並べただけに見える。

 普段なら無視していたと思う。

 でも、その日はなぜか開いた。

 メッセージは一行だけだった。

〈私が死んでたら、このアカウントを消してください〉

 息が止まった。

 続けて、もう一通。

〈美月へ〉

 スマホを落としかけた。

 私の名前を知っている。

 いや。

 この書き方を、私は知っている。

 莉子は「死んでいたら」と書かない。

 いつも「死んでたら」と書く。

 国語の小テストで助動詞を間違えるくせに、メッセージではもっと適当だった。

 私は震える指で画面をスクロールした。

〈たぶん信じてもらえないと思うけど、これ、莉子です〉

 胸の奥で何かが崩れた。

「……莉子?」

 声に出してから、馬鹿だと思った。

 返事なんて来るはずがない。

 莉子は今日、焼かれた。

 白い棺に入っていた。

 頬には薄く化粧がしてあった。

 クラスの誰かが「寝てるみたい」と言った。

 私はその言葉が嫌だった。

 眠っているなら起こせる。

 肩を揺すれば目を開ける。

 でも莉子は、いくら呼んでも起きなかった。

 三日前の午後八時すぎ、駅前の歩道橋の下で倒れているのを通行人に発見された。

 転落事故。

 警察はそう説明したらしい。

 私は納得していない。

 莉子は高い場所が嫌いだった。

 遊園地では観覧車にすら乗らなかった。

「落ちる可能性が一パーセントでもあるものに、なんで金払って乗るの?」

 そう笑っていた。

 その莉子が、どうして夜の歩道橋から落ちたのか。

 スマホが震えた。

 新しいDMではなかった。

 莉子が生前に設定していたらしい自動送信が、続いて表示されただけだった。

〈このアカウントのIDとパスワードを送ります〉

 その下に文字列が並んでいる。

 私は画面から目をそらした。

 見てはいけないものを見た気がした。

 でも、もう遅い。

〈お願いがあります〉

〈ログインして、アカウントを消してください〉

 そして最後に、

〈中は絶対に見ないで〉

 私はしばらく動けなかった。

 部屋の時計の秒針だけが聞こえた。

 カチ。

 カチ。

 カチ。

 外を車が一台通り過ぎた。

 机の上には、今日の葬儀でもらった小さな紙袋が置いてある。中には莉子の写真が印刷された会葬礼状が入っていた。

 笑っている莉子。

 私はその写真を伏せた。

「何なの、これ」

 もちろん答えはない。

 莉子は昔から秘密が多かった。

 テストの点数。

 好きな人。

 進路希望。

 でも私は、それを気にしたことがなかった。

 親友だから何でも話す、なんて嘘だと思っていた。

 話したくないことくらい誰にでもある。

 私にだってある。

 だから莉子が知らないSNSを使っていたことも、本当ならそれだけのことだった。

 けれど。

 死んだあとにだけ届くよう設定したアカウント。

 消してほしい。

 中は見るな。

 だったら、そこには何がある?

 莉子が死んだ理由?

 最後に会った人?

 歩道橋へ行った理由?

 私の親指は、送られてきたパスワードの上で止まった。

 ログインすれば分かるかもしれない。

 三日前の莉子が何を考えていたのか。

 誰と話していたのか。

 事故だったのか。

 それとも――。

 私はスマホを伏せた。

「見ない」

 誰もいない部屋で言った。

 莉子がそう頼んだ。

 中は絶対に見ないで。

 それなら見ない。

 明日、アカウントだけ消す。

 それで終わり。

 私は立ち上がり、ようやく制服のリボンをほどいた。

 そのとき、スマホがもう一度震えた。

 反射的に画面を見る。

 DMではない。

 さっきの匿名アカウントに関する通知だった。

 私はまだログインしていない。

 なのに、なぜ通知が来るのか分からなかった。

 表示された文字を読む。

〈予約投稿があります〉

 私は眉を寄せた。

 その下。

〈公開予定 明日17:00〉

 投稿内容は表示されていない。

 ただ、時間だけ。

 明日の午後五時。

 今から二十時間もない。

 削除しなければ、その投稿は自動的に公開される。

「莉子……」

 私はもう一度、送られてきた最後のメッセージを見た。

〈中は絶対に見ないで〉

 その言葉の下にあるIDとパスワード。

 見なければ、何が公開されるか分からない。

 見るなら、莉子との約束を破る。

 私はスマホを握りしめた。

 親友が死んで初めて、私は知った。

 死んだ人との約束は、生きている人との約束よりずっと重い。

 破っても、もう謝れないからだ。

 画面には、残酷なくらい正確な数字が表示されていた。

 公開まで、

 あと十九時間四十七分。