「冷たっ」
缶を持ったままレジのほうへ向かうと、その横にホットスナックのケース。
ガラスの中に、アメリカンドッグ、ポテト……それから紙の箱が並ぶ。
ひと口サイズの唐揚げが五個、詰まっているやつ。
ケースの中の照明で、衣のところがつやつやしている。
失恋した翌日に、缶ビールと唐揚げ。
自分でも笑ってしまいそうだった。
これではまるで、教科書に載っているまんまの傷心女じゃないか。
あとは深夜に元彼の写真フォルダを開いて泣けば完璧だ。
それでも、私は店員さんに指をさした。
「これ、ひとつください」
「少々お待ちください」
もっとちゃんとしたものを食べる、という選択肢は、たぶんあった。
この街には有名な中華街がある。
海の近くには、たぶん夜景の見えるレストランもある。
歩いてくる途中にも、感じのいい店が何軒かあった。
せっかく横浜まで来たのだから、と言われれば、そのとおりだと思う。
でも、今いちばん食べたいのはこれだった。
「今日はこれでいいや」
紙箱が袋に入って、缶と一緒に渡された。
袋を受け取った瞬間、下のほうがじんわり熱い。
ビールの冷たさと、唐揚げの熱が、同じ袋の中で反対のことをしている。
その熱と一緒に、匂いが上がってきた。
お腹が鳴った。
自動ドアの前で、私は少し驚いて立ち止まった。
朝、新幹線でサンドイッチを一口、あとはコーヒーを二杯と、商談中の水だけ。
食欲がないんだと思っていた。
振られたのだから当たり前だと思っていた。
ちゃんと落ち込んでいる証拠みたいに、どこかで受け取ってさえいた。
でも、今すごくお腹が空いている。
空いていなかったわけじゃなくて、たぶん、気がついていなかっただけ。
ずっと資料と数字を見ていて、そのあいだ、体のほうを見ていなかった。
鞄の外ポケットに、朝のサンドイッチがまだ入っていた。
一日持ち歩いて、すっかりぬるくなっている。
それを取り出して、店の外のゴミ箱に入れた。
袋を提げて道路を渡ると、観覧車の光がさっきより濃く見えた。
空のほうが暗くなったからだ。
上の端に残っていた青も、もうほとんどなくなっている。
乗り場の看板の前まで来て、私は今度は止まらなかった。
券売機の前に立って、大人一枚のボタンを押す。
出てきたチケットを持って、列の最後尾に並ぶと、前には七、八組いた。
私の前は、たぶん高校生か大学生のカップル。
男の子のほうが女の子の日焼け止めのことをからかっていて、女の子が「うるさい」と言いながら笑っている。
その前は小さい子どもを連れた家族。
子どもが「まだ?」を三回言った。
さらに前は女の子四人組。
順番待ちのあいだじゅう、誰かのスマホを覗き込んで騒いでいる。
私は袋を提げて、その後ろに立つ。
失恋した翌日に一人で観覧車って、だいぶ痛いんじゃなかろうか。
そう思ったら、少しおかしくなってくる。
痛いに決まっている。
しかも手にはコンビニの袋を提げていて、中には缶ビールと唐揚げ。
もし友達がこの写真を送ってきたら、私は絶対に電話をかける。
でも、列からは離れなかった。
周りを見てみると、誰も私を見ていない。
当たり前だ。
カップルはお互いを見ているし、子どもは観覧車を見ているし、女の子四人組はスマホを見ている。
この場所に、二十六歳の女が一人で並んでいることを気にする人は一人もいない。
係の人が、次の組を通した。
前のカップルがゴンドラに乗り込んで、扉が閉まった。
私の番になった。
「一名様ですか」
「はい」
「足元にお気をつけください」
思ったより、普通の声が出た。
係の人がゴンドラの扉を押さえてくれた。
乗るときに袋の底が揺れて、中で缶が箱にぶつかる音がした。
乗り込んで、進行方向に向かって座ると、扉が閉まった。
その瞬間、空気が変わった。
「暑っ」
狭い箱の中に、昼のあいだの熱がそのまま残っている。
窓は閉まっていて、風は入ってこないし、冷房もない。
座席の合皮が、太ももの裏に貼りついた。
当たり前だ。
観覧車の中が涼しいわけがない。
缶を持ったままレジのほうへ向かうと、その横にホットスナックのケース。
ガラスの中に、アメリカンドッグ、ポテト……それから紙の箱が並ぶ。
ひと口サイズの唐揚げが五個、詰まっているやつ。
ケースの中の照明で、衣のところがつやつやしている。
失恋した翌日に、缶ビールと唐揚げ。
自分でも笑ってしまいそうだった。
これではまるで、教科書に載っているまんまの傷心女じゃないか。
あとは深夜に元彼の写真フォルダを開いて泣けば完璧だ。
それでも、私は店員さんに指をさした。
「これ、ひとつください」
「少々お待ちください」
もっとちゃんとしたものを食べる、という選択肢は、たぶんあった。
この街には有名な中華街がある。
海の近くには、たぶん夜景の見えるレストランもある。
歩いてくる途中にも、感じのいい店が何軒かあった。
せっかく横浜まで来たのだから、と言われれば、そのとおりだと思う。
でも、今いちばん食べたいのはこれだった。
「今日はこれでいいや」
紙箱が袋に入って、缶と一緒に渡された。
袋を受け取った瞬間、下のほうがじんわり熱い。
ビールの冷たさと、唐揚げの熱が、同じ袋の中で反対のことをしている。
その熱と一緒に、匂いが上がってきた。
お腹が鳴った。
自動ドアの前で、私は少し驚いて立ち止まった。
朝、新幹線でサンドイッチを一口、あとはコーヒーを二杯と、商談中の水だけ。
食欲がないんだと思っていた。
振られたのだから当たり前だと思っていた。
ちゃんと落ち込んでいる証拠みたいに、どこかで受け取ってさえいた。
でも、今すごくお腹が空いている。
空いていなかったわけじゃなくて、たぶん、気がついていなかっただけ。
ずっと資料と数字を見ていて、そのあいだ、体のほうを見ていなかった。
鞄の外ポケットに、朝のサンドイッチがまだ入っていた。
一日持ち歩いて、すっかりぬるくなっている。
それを取り出して、店の外のゴミ箱に入れた。
袋を提げて道路を渡ると、観覧車の光がさっきより濃く見えた。
空のほうが暗くなったからだ。
上の端に残っていた青も、もうほとんどなくなっている。
乗り場の看板の前まで来て、私は今度は止まらなかった。
券売機の前に立って、大人一枚のボタンを押す。
出てきたチケットを持って、列の最後尾に並ぶと、前には七、八組いた。
私の前は、たぶん高校生か大学生のカップル。
男の子のほうが女の子の日焼け止めのことをからかっていて、女の子が「うるさい」と言いながら笑っている。
その前は小さい子どもを連れた家族。
子どもが「まだ?」を三回言った。
さらに前は女の子四人組。
順番待ちのあいだじゅう、誰かのスマホを覗き込んで騒いでいる。
私は袋を提げて、その後ろに立つ。
失恋した翌日に一人で観覧車って、だいぶ痛いんじゃなかろうか。
そう思ったら、少しおかしくなってくる。
痛いに決まっている。
しかも手にはコンビニの袋を提げていて、中には缶ビールと唐揚げ。
もし友達がこの写真を送ってきたら、私は絶対に電話をかける。
でも、列からは離れなかった。
周りを見てみると、誰も私を見ていない。
当たり前だ。
カップルはお互いを見ているし、子どもは観覧車を見ているし、女の子四人組はスマホを見ている。
この場所に、二十六歳の女が一人で並んでいることを気にする人は一人もいない。
係の人が、次の組を通した。
前のカップルがゴンドラに乗り込んで、扉が閉まった。
私の番になった。
「一名様ですか」
「はい」
「足元にお気をつけください」
思ったより、普通の声が出た。
係の人がゴンドラの扉を押さえてくれた。
乗るときに袋の底が揺れて、中で缶が箱にぶつかる音がした。
乗り込んで、進行方向に向かって座ると、扉が閉まった。
その瞬間、空気が変わった。
「暑っ」
狭い箱の中に、昼のあいだの熱がそのまま残っている。
窓は閉まっていて、風は入ってこないし、冷房もない。
座席の合皮が、太ももの裏に貼りついた。
当たり前だ。
観覧車の中が涼しいわけがない。



