観覧車とからあげとビール

 久保田さんが言って、私は息を吸った。

「本日はお時間をいただき、ありがとうございます」

 最初の一言が、思ったより掠れた。
 喉に何か引っかかっている感じがして、一度だけ咳払いをした。
 久保田さんが軽くうなずき、羽鳥さんはもう一ページ目を開いている。

 二枚目をめくった。
 そこからは、自分でも意外なほど普通に声が出た。

 九月に出す新しい保湿下地。
 うちとしては珍しく、秋にスキンケア寄りの新商品を投入する。
 夏に日焼けと冷房で傷んだ肌が、秋口にいちばん乾く。
 そこを狙う、という商品。

 うちの調査では肌が乾くと感じる人の割合は、十月から十一月にかけて一気に跳ね上がる。
 夏のあいだにためたダメージが、湿度の落ちる時期にまとめて出てくる。
 それなのに、店頭の売場が秋の顔になるのは、たいてい十一月に入ってからだ。

 その一か月半が、まるまる空いている。

 資料の三ページ目に、その調査のグラフを載せてある。
 九月と十月のところに色をつけて、売場の切り替え時期の線を重ねた。
 ずれているのが一目でわかるようにしたつもりだった。

「ここ、うちも遅いですね」
「正直、化粧品の秋物は、うちも十一月からです」
「はい。なので、九月から仕掛けさせていただきたいと思っています」

 商品の中身も説明した。
 とろみのある、乳液に近い質感で、朝これを塗っておくと夕方まで粉を吹かない。
 開発が社内の女性社員に三週間使わせて取ったデータも入れてある。
 四十代の被験者の数字がいちばんよかった。

 価格は、税抜きで千八百円。

「千八百円か」

 久保田さんが指で資料を叩いた。

「うちの客層だと、高いほうですよ。下地にこの値段を出す人、そんなに多くない」
「はい。単品では、動きにくいと思っています」

 私の提案は、この商品を単品で棚に差すのではなく、秋の三か月間、化粧品売場のエンドをひとつ使わせてほしいというもの。

 エンドというのは棚の端の通路に面した場所のことで、店にとっては一等地にあたる。
 そこに専用の什器を置いて、うちの下地と、既存の化粧水と乳液を並べる。
『夏のあとの肌』という一つのテーマでまとめてしまう。

「下地を買いに来た方ではなく、乾燥が気になっている方に手に取っていただく売場にしたいんです。一点あたりの単価は高いですが、買い上げ点数が上がれば、棚全体では見合うと考えています」
「試算は」
「六ページです」
「まあ、この数字なら」

 顔は上げないまま、久保田さんがページをめくって、しばらく黙って数字を見ていた。

 もうひとつ、この売場でやりたいことがあった。
 下地のテスターを置く。

「テスターっていうのは、実際に手の甲につけられるやつですよね」
「はい。手の甲で試せるように」
「あれ、誰が管理するんですか」

 久保田さんが顔を上げた。
 来た、と思った。

「衛生面もありますし、テスター置くと、うちはだいたい二週間くらいで汚れるんですよ。パウダーのやつなんか特にひどい。で、汚れたテスターって、売り場としてはマイナスなんです。あるだけで、その棚全体が古く見える」
「そのとおりだと思います。なので今回は、テスターを什器の外に出しません。什器の上段に蓋つきのくぼみを作って、そこに収める形にしています。」

 私はうなずいて、資料の後ろのページを開いてもらった。

「使わないときは閉まっているので、埃も入りません。それと、交換用のテスターを月に一度、什器の補充分と一緒にこちらから送ります」

 久保田さんは資料を見て、それから少し黙った。

「店舗さんの作業は、古いものと入れ替えていただくだけです」
「まあ、それなら」

 ここまでは想定内。
 問題はこの次……

「北村さん、去年の春も、エンドやりましたよね」

 やっぱり言われた。
 私が担当を引き継ぐ前、うちは春の新商品でここのエンドを二か月使わせてもらっている。
 そして、数字は出なかった……前任の話では、什器を置いただけで終わってしまったらしい。

「あのとき、正直こっちとしてはけっこう損してるんですよ。あそこ、うちがふだん置いてるシャンプーのエンドなので」
「はい。データを拝見しました」