「ありがとうございます!」
自分の声が、思ったよりしっかりしていた。
時計は十一時二十分。
昨日の夜、観覧車の上で「たぶん大丈夫だ」と思った自分の感覚は、間違えていなかった。
「じゃあ、よろしくお願いします」
「はい。こちらこそ、引き続きよろしくお願いいたします」
会議室を出ると、久保田さんは次の打ち合わせがあるらしく、廊下で一言挨拶をすると別の部屋へ入っていった。
羽鳥さんが、また昨日と同じようにエレベーターまで送ってくれた。
「北村さん、このあとお昼ですか」
「駅で何か食べて帰ります」
言ってから、つい続けてしまった。
「昨日、夕飯がコンビニの唐揚げだったので。今日くらいはちゃんとしたものを食べようかと」
「観覧車の中でですか」
「……はい」
「いいですね」
羽鳥さんが、声を出して笑った。
昨日の自分のことなのに、他人の話みたいに思えた。
「ビールも飲みました」
「最高じゃないですか」
エレベーターのボタンを押して、羽鳥さんが振り返った。
「次にこちらへ来られるのって、いつ頃ですか」
「什器の初回が入ったあとに一度見に来たいので、来月かなと。九月の下旬あたりだと思います」
「じゃあ……」
少しだけ間があった。
「よかったら、そのときご飯でもどうですか。せっかく横浜まで来て、コンビニの唐揚げだけじゃもったいないので」
私は一瞬、止まった。
羽鳥さんの顔を見たけれど、仕事相手として誘っているのか、ほんの少し違う意味があるのかはわからなかった。
でも、嫌ではなかった。
「じゃあ、お願いします。横浜らしいところでお願いします」
「かしこまりました」
昨日までの私なら、こんな返事はしなかったかもしれない。
祐介以外の人と二人でご飯を食べる予定なんて、想像したこともなかった。
「ありがとうございました。失礼します」
「お気をつけて」
一階に降りて、自動ドアを抜けると、外は昨日と同じように暑かった。
日差しが白くて、歩道の照り返しが目に刺さる。
三歩で汗が出てきて、私はジャケットを脱いだ。
腕にかけて、顔を上げる。
ビルとビルのあいだに、観覧車が見えた。
昼の観覧車は光っていなかった。
ただの大きな白い輪が、青い空の中でゆっくり回っているだけ。
昨日はあの光に引っぱられて、そのまま歩いていった。
今日は少し足を止めて、それを眺めた。
あそこの、いちばん高いところで、私は缶ビールを飲んで唐揚げを食べた。
てっぺんで明日の資料の順番を考えて、一人で笑った。
ここから見ると、ずいぶん小さい輪っかだ。
次に来るのは九月の下旬。
什器が入った売場を見て、たぶん一泊する。
そのときは、何を食べるんだろう。
中華街にも行っていないし、海のほうも歩いていない。
羽鳥さんが「横浜らしいところ」に何を選ぶのかもわからない。
もしかしたら、また一人でコンビニに寄るかもしれない。
けれど……それでもいい気がした。
まだ胸のどこかは痛い。
名古屋に帰って部屋のドアを開けたら、たぶん少し泣く。
それでも、次の出張のことを考えたら、ちょっとだけ楽しみだった。
「出張も、悪くないな」
ジャケットを腕にかけたまま、私は駅のほうへ歩き出した。
自分の声が、思ったよりしっかりしていた。
時計は十一時二十分。
昨日の夜、観覧車の上で「たぶん大丈夫だ」と思った自分の感覚は、間違えていなかった。
「じゃあ、よろしくお願いします」
「はい。こちらこそ、引き続きよろしくお願いいたします」
会議室を出ると、久保田さんは次の打ち合わせがあるらしく、廊下で一言挨拶をすると別の部屋へ入っていった。
羽鳥さんが、また昨日と同じようにエレベーターまで送ってくれた。
「北村さん、このあとお昼ですか」
「駅で何か食べて帰ります」
言ってから、つい続けてしまった。
「昨日、夕飯がコンビニの唐揚げだったので。今日くらいはちゃんとしたものを食べようかと」
「観覧車の中でですか」
「……はい」
「いいですね」
羽鳥さんが、声を出して笑った。
昨日の自分のことなのに、他人の話みたいに思えた。
「ビールも飲みました」
「最高じゃないですか」
エレベーターのボタンを押して、羽鳥さんが振り返った。
「次にこちらへ来られるのって、いつ頃ですか」
「什器の初回が入ったあとに一度見に来たいので、来月かなと。九月の下旬あたりだと思います」
「じゃあ……」
少しだけ間があった。
「よかったら、そのときご飯でもどうですか。せっかく横浜まで来て、コンビニの唐揚げだけじゃもったいないので」
私は一瞬、止まった。
羽鳥さんの顔を見たけれど、仕事相手として誘っているのか、ほんの少し違う意味があるのかはわからなかった。
でも、嫌ではなかった。
「じゃあ、お願いします。横浜らしいところでお願いします」
「かしこまりました」
昨日までの私なら、こんな返事はしなかったかもしれない。
祐介以外の人と二人でご飯を食べる予定なんて、想像したこともなかった。
「ありがとうございました。失礼します」
「お気をつけて」
一階に降りて、自動ドアを抜けると、外は昨日と同じように暑かった。
日差しが白くて、歩道の照り返しが目に刺さる。
三歩で汗が出てきて、私はジャケットを脱いだ。
腕にかけて、顔を上げる。
ビルとビルのあいだに、観覧車が見えた。
昼の観覧車は光っていなかった。
ただの大きな白い輪が、青い空の中でゆっくり回っているだけ。
昨日はあの光に引っぱられて、そのまま歩いていった。
今日は少し足を止めて、それを眺めた。
あそこの、いちばん高いところで、私は缶ビールを飲んで唐揚げを食べた。
てっぺんで明日の資料の順番を考えて、一人で笑った。
ここから見ると、ずいぶん小さい輪っかだ。
次に来るのは九月の下旬。
什器が入った売場を見て、たぶん一泊する。
そのときは、何を食べるんだろう。
中華街にも行っていないし、海のほうも歩いていない。
羽鳥さんが「横浜らしいところ」に何を選ぶのかもわからない。
もしかしたら、また一人でコンビニに寄るかもしれない。
けれど……それでもいい気がした。
まだ胸のどこかは痛い。
名古屋に帰って部屋のドアを開けたら、たぶん少し泣く。
それでも、次の出張のことを考えたら、ちょっとだけ楽しみだった。
「出張も、悪くないな」
ジャケットを腕にかけたまま、私は駅のほうへ歩き出した。



