観覧車とからあげとビール

 缶を傾けて、残りを飲んだ。
 最後の一つを食べる。

 ゴンドラはもう完全に下りに入っていた。
 海が窓の上のほうへ抜けていって、かわりにビルの明かりが正面に戻ってくる。
 さっき小さく見えた街が、また少しずつ大きくなってきていた。

 ティッシュで指を拭いて、缶を軽く振ってもう何も入っていないのを確認する。
 空になった紙箱をたたんで、袋に入れた。

 窓の外では、乗り場の音楽がまた聞こえ始め、人の声も戻ってきている。
 私は空になった袋を持ったまま、外を見ていた。

「うん。全然悪くない」

 ゴンドラから降りると、地面が思ったより硬い。
 十五分ぶりに降り立つ地面だ。
 外の空気が、少しだけ涼しく感じたのは、ゴンドラの中が暑かったせいだと思う。

 乗り場を出たところにあるゴミ箱に、空き缶と、たたんだ紙箱とティッシュを分けて捨てた。
 袋も一緒に押し込む。

 歩き出すと、頭のうしろのほうがふわっとした。
 缶一本でこれなのだから、我ながら安くて単純な体だと思う。
 ぬるい風が顔に当たって、それが少し気持ちよかった。

 来た道を戻る。
 通ってきた交差点を今度は逆から渡った。
 カフェの前を通り過ぎると、窓際の席にはさっきとは違う人が座っていた。

 行きと違うことが、一つだけあった。
 ホテルに帰りたくない、と思わなかった。

 部屋に戻ったら一人になる。
 それは変わらない。
 変わらないのに、さっきほど嫌ではなかった。

 途中で、一度だけ振り返った。
 観覧車は、さっきと同じように光っていた。
 私が乗っていたことなんて、何も残っていない。
 同じ速さで、同じように止まることなく回っている。

「やっぱり、きれい」

 私は前を向いて、また歩き出した。

 フロントで名前を言って、預けていたキャリーケースを受け取り、チェックインの手続きをすると、カードキーを渡されて七階に上がる。

 部屋は狭かった。
 ベッドと机とユニットバス。
 窓を開けると隣のビルの壁が近いけど、出張で泊まるのはいつもこういう部屋だ。

 シャワーを浴びると、背中に貼りついていた汗が全部流れていって、その感じが今日いちばん体に効いた気がした。
 髪を洗って、備え付けのドライヤーで乾かす。
 風量が弱くて時間がかかるのも、いつものこと。
 部屋着に着替えて机の前に座ると、パソコンを開いて資料を出す。

 表紙の次に、ページを一枚足した。
 三つの軸を、それだけ大きく並べただけのページ。
 そのあとに、重なったところが三十二店舗です、と続くように順番を入れ替える。

 通し番号を直して、目次も直す。
 ほろ酔いな分、いつもより少しだけ入念に。

 二十五分で終わった。
 印刷はホテルではできないから、明日の朝、駅のほうのコンビニで刷ることにする。
 九時に出れば充分間に合う。

 パソコンを閉じると、ベッドに座ってスマホを手に取った。
 トーク画面の一番下は、まだ一昨日のまま。
 しばらく、それを見ていた。

 何か送ろうとは思わなかった。
 なにより、送る用事がない。
 今日の商談がうまくいったことも、観覧車に乗ったことも、ビールがうまかったことも、もう報告する相手ではない。

 けれど、消そうとも思わなかった。
 消したところで、私が四年一緒にいたことは変わらない。
 今日それをやる必要は、たぶんない。

 画面を閉じて、充電器に繋ぐと、アラームを六時半にセット。
 少し考えて、六時二十分にもう一つ足した。
 昨日みたいに三時に起きたら……そのときはそのとき。

 電気を消して、横になった。
 枕はやわらかすぎたけれど、体のほうが疲れていた。

 明日は十時から。
 九時にはホテルを出て、コンビニで刷って、九時四十分には着く。

「うん。大丈夫」

 目を閉じたら、思っていたよりずっと早く眠くなった。