観覧車とからあげとビール

 すぐに、小さく泡の弾ける音が続く。
 缶の口から冷たい匂いが上がってきて、一口飲む。

「……うまっ」

 自分の声に、自分で驚いた。
 思っていた以上に、おいしかった。
 冷たいものが喉を通っていって、そのあと胸のあたりまで冷たさが降りていくのがわかる。
 舌に残る苦さも、いつもより濃く感じた。

 二口目を飲んだ。
 今度はもっとちゃんと味がした。
 なんでこんなにうまいんだろう、と考えてみて、すぐにわかった。

 暑いからだ。
 昼からずっと外を歩いて汗をかいて、このゴンドラの中も暑くて、喉がからからで、そこに冷えたビールが来た。

 それだけのことだ。
 深い理由なんて何もない。

 でも……本当においしい。

 三口目を飲んで、缶を膝に置いた。
 そういえば、さっきまで鼻の奥がつんとしていたのに、それがなくなっていた。
 冷たいものを飲んだからだろうか。
 目の奥の熱もいつのまにか引いている。

 コンビニのビニール袋から紙の箱を出して、蓋を開けると少しだけ湯気が上がった。
 ゴンドラの中の暑さに、揚げ物の匂いが混ざる。
 ちょっとどうかと思う匂いだったけれど、私は指で一つつまんだ。
 予想より少し熱くて、指先で二回持ち替えて、口に入れた。

「はふっ」

 衣がまだかりっとしていて、噛んだところから熱と肉汁が出てくる。

 しょっぱい。
 ちゃんとしょっぱい。

「おいしい……」

 失恋した翌日に食べているのに、普通においしい。

 続けて、ビールを飲む。
 唐揚げのあとのビールは、さっきよりもっとうまかった。

 窓の外では、ゴンドラはまだ少しずつ上がっている。
 ビルの明かりが、いつのまにかずっと下のほうにある。

 唐揚げをもう一つ食べた。
 指が油で光っていて、拭くものがないことに気がつく。
 鞄からティッシュを出して膝に広げる。

 そのあいだにゴンドラが揺れて、缶を倒しそうになって、あわてて押さえた。

「危なっ」

 なにをやってるんだろう、と思う。
 さっき泣きそうだったはずの人間が、ティッシュを膝に広げて唐揚げを食べている。
 でも、手は止まらない。

 しょっぱいものを食べると、ビールが飲みたくなる。
 飲むと、またしょっぱいものが欲しくなる。
 本当によくできている。
 誰が最初に思いついたんだろう。

 膝の上のティッシュに、衣のかけらが落ちた。

 三つ目を口に入れたところで、視界が一気に開けた。

 ゴンドラが頂上にきたのだ。
 窓の下から向こうまで、全部が明るい。

 ビルの光が固まっているところと、道路の光が細く伸びているところ。
 その向こうに黒く広がっているのが海で、湾のふちに沿って、明かりが弓なりに続いている。
 海の上に橋の線が浮いていて、その手前を、船の明かりがゆっくり動いていた。

 遠くのほうは、光が粒になって、そのまま夜に溶けている。
 左を見ると、明かりがだんだん薄くなって、その先はもう何もなかった。

 あのあたりから向こうは、たぶん住宅街だ。
 今ごろ、それぞれの家で晩ごはんを食べている。

 右にはまた別の光の塊があって、そこだけ昼みたいに明るい。
 こんなにたくさんの人が、この街にいる。

「きれー……」

 私は口を動かしながら、しばらくそれを見ていた。

 スマホを出して、カメラを向けると、ゴンドラの中の光が窓に映り込んでうまく撮れない。
 レンズをガラスにくっつけて、もう一度挑戦すると、今度は撮れた。
 画面の中の夜景は、目で見ているものよりずっと暗くて、光の粒も少ない。

 撮れた写真を確認して、そこで指が止まった。

 送る相手がいない。
 こういうものを撮ったとき、私はいつも祐介に送っていた。
 出張先の変な看板とか、駅で見つけた名物のポスターとか……大したものじゃない。

 向こうも「へえ」とか「うまそう」とか、そのくらいの返事しかしない。
 でも、それでよかった。

 もう送らない。
 しばらく画面を見て、それから消さずにそのまま閉じた。

 自分で見ればいい。
 撮った写真を自分で見るために撮る。
 たぶん、それが普通のことなのだと思う。
 今までがそうじゃなかっただけで。

「あれ……私、ちゃんときれいだと思えているじゃん……」