地底人になりたいふたり~23時、チャラ王子と氷結王子は今日もシャベル片手に待ち合わせをしています~

 正直、あんな顔を見てしまうとどうしていいかわからなくなる。気を許してくれたのかな、なんて考えもする。
 でも、地底探索を初めて二週間経っても、学校での工藤の顔は変わらなかった。いつも通りでという約束だし、別におかしなことじゃない。むしろ正しい。とはいえ。
「邪魔。でかいやつがんなとこに立ってんなよ、キーパー志望なの? でかいだけじゃキーパーやれないし諦めたら?」
 ……さすがに言いすぎじゃね?
 ただ、以前と違うなと思うのは、こっちにちらっと投げられるその視線に、かすかに共犯者めいた色が見えるようになったこと。
 ――なあなあ、工藤。今日は満月っぽい。探索日和だな。
 ――油断は禁物。夜は雲が厚くなるらしい。装備はちゃんとして来な。
 表で俺のことをぼろくそに言っておきながらも、メッセは丁寧に返信してくれるし、気遣ってもくれる。
 表と裏が違いすぎて混乱する。
 こいつの本当の顔はどっちなんだろう。っていうかそもそもこいつは俺のこと、どう思っているんだろう。
 訊きたいけど、訊いたらまた汚物を見るみたいな顔であしらわれる気もする。だったら余計なことは言わないほうがいいのかも。
 自分自身を納得させながら、俺は今日もスコップを手に待ち合わせ場所に向かう。
 そこにはジャージ姿で、邪魔な髪を無造作に頭のてっぺんで結わえた氷結王子がいた。
 その姿は、こいつを崇めている女子達が見たら卒倒しそうなくらい……ダサい。
 ……でも、悪くない。
「遅い」
 不機嫌そうな声に俺は、ごめん、と言ってリュックを放り出し、昨日途中まで掘っていた穴の底へと下りる。
「なあ、地底って光源が不足してるって言うじゃん。だとすると、やっぱあれかな、地底人って目がモグラみたいに退化してんのかな」
「可能性はあるな。深海魚もそうだけど、光がない場所でも餌や目の前の障害物がわかるように嗅覚や、あと側線ってので水の動きを把握して移動してるんだって。地底の生物もそのタイプかも」
 ざくり、ざくり、と土にシャベルが突き立てられる音の向こうから、真剣な声が返ってくる。
「ただ、アガルタの伝承では、太陽に代わる光源があるって話だから、意外と地上と変わらない生態系かも。俺はそれあり得ると思う。伝承に残るくらいだし、なんらかの事実が下敷きになっているはず」
 夜に会う工藤はいつもこうだ。氷結王子の仮面を忘れたみたいに、穴を掘りながら、地図を見ながら、俺の知らない情報をたくさん教えてくれる。
 本当にわけがわからない。
「工藤、すごいな。お前と話してるとマジで世界広がる」
 本心から褒めたのに、返ってきたのは氷結王子の気配漂う冷淡な声だった。
「これくらい普通だろうが。この程度で感心するってお前どんだけ無計画に進めてたの」
「まあ、そこはパッションで……」
「情熱のままに適当に穴掘ってたって話?」
「まあ」
 頷くと露骨に馬鹿を見る顔をされた。悔しくなり、俺は土を掘る手を止めて工藤を睨む。
 ちなみに……俺の家には工藤が持っているようなでかいシャベルはない。だから園芸用の小さなスコップが俺の相棒だ。そいつで穴の底に下り、土を掘る。
「伝承に出てくる男だって、闇雲に頑張ってるじゃん。ほら、菊塚の黄泉(よみ)の洞(ほら)の話。あの話聞いたらなんだかいけそうな気しねえ?」
 この菊塚の町には黄泉の洞と呼ばれる洞窟がある。それは黄泉の国への入り口で、かつてはこの世とあの世を繋いでいたそうな。だがもちろん、どこにも通じてはいない。現在ではただの観光スポットだ。
 ただこの洞穴には言い伝えがある。
 千年以上前。そこから黄泉の国へと実際に迷い込んだ男がいたというのだ。男は洞に入ったきり戻ってこなかったが、数十年後、ひょっこりと帰ってきた。行方知れずになったときそのままの姿で。
 戻って来た男は、里人にこう言った。
 ――黄泉の国は現世とは比べ物にならぬ素晴らしき国。一年中真っ赤に燃えた紅葉に閉ざされており、すべての亡者が等しく穏やかに過ごしている。そこには痛みも苦しみも争いもなく、時の流れからも忘れられ、安寧だけがある。私も帰りたくはなかったが、生者の身の上ゆえ、留まることは許されなんだ。しかも一度あの国へ渡ってしまった私には門は二度と開かれぬ。誰ぞ、私と共に洞へ赴き、今一度門を開けてくれまいか。
 やがて男は里人を連れて洞へ通うようになった。
 しかし洞の先が黄泉の国へ通じることはなかった。それでも諦めきれなかった男は、黄泉の国を求めて、所かまわず地面を掘り返し始めた。
 それから数十年。男の熱意に根負けした黄泉の国の王は男のために門を開け、男は黄泉の国へと渡った。そこで亡者の娘と契りを交わし、生者と亡者の血を引く者達の国が新たに生まれたそうな……。
「あれ聞いてなんか行けそうって思える丹羽のメンタルってどうなってんの」
 呆れた顔をしながら、工藤はシャベルをざくっと穴の底に刺し、その上に手を突いてさらっと額を拭う。
 濡れた前髪が額にくっつくのが見えて、俺は密やかに息を呑む。
 氷結王子なんて言われているだけあって、こいつが汗をかいている姿を学校で見ることは少ない。体育のときもまず本気で動かないタイプだし。
 でもここでのこいつはいつだって真剣だ。汗みずくでシャベルを振るい、泥まみれになっている。
 滑らかな肌を伝っていく汗。シャベルを振り上げる華奢な腕。
 今日も俺はそれを見つめてしまう。地面を掘る、そのたびに漏れる工藤の乱れた吐息に耳を澄ませながら。
 手を動かさないとまたどやされるのに。普段とは違う男っぽい工藤の様子を感じるたび、鼓動が早くなってどうしようもない。
 ……俺は、変態だろうか。
「ちょい、丹羽、聞いてる?」
 工藤の声が尖り、俺は慌てていつもの笑顔を作った。
「聞いてる聞いてる。ってか、夢ある話じゃね? 掘ってたら、その熱意に根負けして入れてもらえたって。頭脳労働苦手な俺にはぴったりの方法」
「そんな能天気な話か? 大体さ、あの話から地底に興味を持ち始めたってことは、死者の国に行きたいって思ってるってことになんない?」
 さらさらっと言ってから、工藤は穴の底に垂らしてあったロープに片手をかけ、シャベルをかついで穴を出ようとする。それを止め、俺は先に穴を出た。俺の方が体格いいし、こういうときくらい役に立ちたい。
 穴の上から手を差し出すと、軽く目を見張った工藤が俺の手を取る。穴の上と下で手を繋いだ状態で工藤が不意に言った。
「お前、もしかして死にたいの?」
 やけに低いトーンで訊かれて、細い手を握る手が震えてしまった。
「え、そんなふうに見える?」
「見えない。けど見えてる顔が嘘っていうのは別に珍しいことじゃない」
 見えてる顔が嘘……。
「丹羽、なんかしんどいことあんの?」
「いや、俺は……」
 俺達は深い話をまずしない。地底に行きたい本当の理由さえ、お互いに語っていない。工藤の視線はその、まだ語れない部分に触れてきそうに見えて、なんだか落ち着かなくなった。
 ただ、工藤ならわかってくれる気もした。こいつなら、全部知ったとしても、もしかしたら。
 でも、まだ……。
「んなわけないじゃーん」
 いつものチャラい声を出すと、穴の底で工藤がふっと目を瞬いた。
 その顔から微妙に視線をずらし、俺は笑顔を顔に張り付ける。
「なに、心配してくれてんの? やめろよー。相手が俺だからまだいいけど、ほかのやつだったら勘違いされるよ?」
 握った手に力を込めて、工藤の体を引っ張り上げる。でも工藤はなにも言わない。
 穴の外に出ても、一切言葉を発しない。
 さすがに黙りすぎじゃないだろうか。こいつ、どうしちゃったんだろう。
 そろそろとそちらを見て、息が止まりそうになった。
 貫通しそうなくらいの強い眼差しがこちらに向けられていた。
 ……なに、どういう顔? これ。
「ほかのやつになんて言うか」
 額に落ちかかる白金色の前髪がさらっと掻き上げられる。髪の陰からこちらを射貫くのは、底が透けて見えそうな蜂蜜色の瞳。
「そんな時間あったら探索するわ、ボケ」
 吐き捨てて荷物の中からペットボトルを出してあおる。どうやら機嫌を損ねてしまったらしい。向けられた細い背中を前に俺は言葉を探す。
 ちょっとふざけすぎただろうか。でもああするしか……。
 ――丹羽、なんかしんどいことあるの?
 ぐるぐるしていた俺の頭に、工藤の言葉が過ぎる。
 あれは、ちゃかして出た言葉じゃなかった。しんどいって言ったら聞いてくれそうな、そんな空気があった。
 つまり、こいつは俺を本気で心配してくれていたってことじゃないのか? なのにそれを俺は、真剣に受け止めずにふざけたみたいになってる……ってこと?
「ちが、あの、違うから!」
 大声で言うと、工藤がこっちを向いた。汚物でも見るみたいに目が眇められている。その目に向かって俺は必死に言い募った。
「死にたいとか、そういうんじゃないから! ってか、俺、死後の世界とか信じてねえし!」
「……そうなの?」
 声からすっと緊張が抜ける。そろそろと見上げると、工藤がペットボトル片手に目を見張っていた。
 よかった。少し機嫌が直ってきたみたいだ。
「そう! どっちかっていうと、元から地底人ってのがいて、それを偶然目にした昔の人が、あれは地下から出てきたから死者じゃね? ってなったんじゃないかなって思ってる。大体さ、おかしくない?」
「なにが」
「いやだから、死者って昔からいたわけじゃん。人類が誕生してからの死者数カウントしたら、とんでもない人数になんない?」
「……まあ」
「その全員が黄泉の国行ったらどうなるよ。黄泉の国ぎゅうぎゅうになんねえ? 穏やかな暮らしなんて無理じゃね?」
「それは、生まれ変わりとかもあるから大丈夫なんじゃないの?」
「いやいや、そんな確実性のないシステム、ほんとにあんのかって話。つまり、黄泉の国は死者の国じゃない。地底人の国。これぞアガルタの真実」
 どうだ! この完璧な論理! 肩で息をしながら工藤の顔を見る。すると、工藤もじいっと見返してきた。
 ……こいつの顔はどこをとっても俺の好みだけど、もしかしたら目が一番好きかも。
 場違いにもうっとりしかけたとき、目の前で幕が下りるみたいにゆっくりと瞬きがされた。
「丹羽って」
「な、な、なに」
 どもる俺を工藤は無表情に見つめてくる。なにを言われるんだろう、と警戒する。一拍後、耳をなぞったのは棘のない声だった。
「面白い」
「……は?」
「いやもう、ぶっ飛んでてヤバい。冗談じゃなくてガチで言ってるんだよな、それ」
 あれ? これ、また馬鹿にされてる?
「俺の説になんか不備があるか? あるなら言ってみろよ」
「いや、ない。なるほどなあって思った」
「じゃあなんだよ、ぶっ飛んでてヤバいって。そもそも俺のこと、一体どんなだって思ってたんだっての」
「チャラ王子だろ?」