俺達が最後の探索に選んだのは、菊塚風穴と名付けられた洞窟だった。
一番地底に繋がっている可能性が高い場所。そこを俺達は探索する。地底世界を見つけるまで足を止めない覚悟で。
ここは黄泉の洞の伝説も残る観光スポットではあるけど、一般公開されているのは入り口からほんの数メートルだけで、そこから先は立ち入りが禁止されている。というのも、この先は無数に枝分かれしているうえ、縦横無尽に穴が伸びていて、入り込んだが最後、抜け出せないとして自殺の名所にすらなっているからだ。
地元の地質学チームが観測を続けているらしいとは聞いているけど、一般人が気楽に足を踏み入れていい場所じゃない。ああ、そんなことはわかっている。
俺にだって、いいや、工藤にだってわかってるんだ。俺達のやっていることが自殺行為だって。
それでも仕方なくないか? 地上じゃ息ができない。居場所がない。笑顔にも疲れて、神待ちしないと寝る場所もなくて。そんな俺達が伝説に助けを求めるのはそれほど悪いことか?
「下へ伸びてる。こっちかな」
すでに一般公開ゾーンを抜け、立ち入り禁止区域へと入っている。躊躇なく進む工藤の頭の上にはヘルメットが乗っかっている。俺の頭にも。ふたりして自転車用のヘルメットを荷物に詰め込んできていて、その符号にふたりで笑ってしまった代物だ。
「時間あったらさ、ヘルメット用のライト、用意したかったよな」
「それ思った。両手使えないのは正直不安」
腐葉土に似たこうもりの糞。懐中電灯の明かりにぬらりと光るごつごつとした岩壁。ぴとり、ぴとり、とどこからか響く水音。互いの呼吸音さえ、反響する閉ざされた空間。
本当に浅はかな旅だ。それでも不思議と悲壮感はない。
こんなの本当はもっと嫌悪や恐怖を感じてもいいはずの状況なのに少しも怖いと思わないのはきっと、俺達にとって「探索」が救いだからなんだと思う。
あるかないかは関係ない。あると思って探索を続けること。それが俺達にとっては呼吸が楽になる時間だったから。
ただ、真の闇というものを知らなかった俺達にとって、洞窟の中の暗闇はやはり圧倒的だった。
「丹羽、大丈夫? ちゃんとついてきてる?」
「いる。大丈夫。工藤、足元、気を付けて」
先に進む工藤は繰り返し俺にそう訊いた。それに対し、俺も毎回声を返した。声自体が命綱みたいにしてふたり岩壁を伝いながら進んだ。
この先に俺達を受け入れてくれる世界があるのかわからないままに、それでも進むしかないと一歩一歩進む。枝分かれした場所に出るたびに俺達はふたりで相談した。
戻ることももちろん考えた。だから曲がるたびに記録をスマホに残した。でもだんだん方向感覚が麻痺してきて戻れる自信はなくなっていった。しかも足元はぬらぬらと濡れ、苔むしてもいてとにかく滑る。スマホを見れば、とっくの昔に圏外だ。
このままだと間違いなく戻れなくなる。じわりと不安が肌をなぞる。それを首を振って遠ざけようとしたそのときだった。
先を進んでいた工藤の姿がいきなり消えた。
「工藤?!」
慌てて懐中電灯の光を左右させる。でも見当たらない。濡れた岩だけが鈍く光を反射するだけだ。重みを持って迫ってくる闇に恐怖が一気に跳ね上がり、俺は闇雲に足を踏み出す。とたん、ずるっと足元が滑った。
「わああっ……!」
尻もちをつくが、踏みとどまれない。坂を転げ落ちるように一気に闇の中へ滑り落ちていく。手で岩を掴もうとしたが、ぬるついた岩壁はそれを阻み、俺の手は虚しく空を切った。
……ヤバい、ここで死ぬかも。
考えないようにしていたことが頭の中を過ぎったけど、その恐怖に身を任せる間もなく俺の意識は深い地の底へと吸い込まれていった。
一番地底に繋がっている可能性が高い場所。そこを俺達は探索する。地底世界を見つけるまで足を止めない覚悟で。
ここは黄泉の洞の伝説も残る観光スポットではあるけど、一般公開されているのは入り口からほんの数メートルだけで、そこから先は立ち入りが禁止されている。というのも、この先は無数に枝分かれしているうえ、縦横無尽に穴が伸びていて、入り込んだが最後、抜け出せないとして自殺の名所にすらなっているからだ。
地元の地質学チームが観測を続けているらしいとは聞いているけど、一般人が気楽に足を踏み入れていい場所じゃない。ああ、そんなことはわかっている。
俺にだって、いいや、工藤にだってわかってるんだ。俺達のやっていることが自殺行為だって。
それでも仕方なくないか? 地上じゃ息ができない。居場所がない。笑顔にも疲れて、神待ちしないと寝る場所もなくて。そんな俺達が伝説に助けを求めるのはそれほど悪いことか?
「下へ伸びてる。こっちかな」
すでに一般公開ゾーンを抜け、立ち入り禁止区域へと入っている。躊躇なく進む工藤の頭の上にはヘルメットが乗っかっている。俺の頭にも。ふたりして自転車用のヘルメットを荷物に詰め込んできていて、その符号にふたりで笑ってしまった代物だ。
「時間あったらさ、ヘルメット用のライト、用意したかったよな」
「それ思った。両手使えないのは正直不安」
腐葉土に似たこうもりの糞。懐中電灯の明かりにぬらりと光るごつごつとした岩壁。ぴとり、ぴとり、とどこからか響く水音。互いの呼吸音さえ、反響する閉ざされた空間。
本当に浅はかな旅だ。それでも不思議と悲壮感はない。
こんなの本当はもっと嫌悪や恐怖を感じてもいいはずの状況なのに少しも怖いと思わないのはきっと、俺達にとって「探索」が救いだからなんだと思う。
あるかないかは関係ない。あると思って探索を続けること。それが俺達にとっては呼吸が楽になる時間だったから。
ただ、真の闇というものを知らなかった俺達にとって、洞窟の中の暗闇はやはり圧倒的だった。
「丹羽、大丈夫? ちゃんとついてきてる?」
「いる。大丈夫。工藤、足元、気を付けて」
先に進む工藤は繰り返し俺にそう訊いた。それに対し、俺も毎回声を返した。声自体が命綱みたいにしてふたり岩壁を伝いながら進んだ。
この先に俺達を受け入れてくれる世界があるのかわからないままに、それでも進むしかないと一歩一歩進む。枝分かれした場所に出るたびに俺達はふたりで相談した。
戻ることももちろん考えた。だから曲がるたびに記録をスマホに残した。でもだんだん方向感覚が麻痺してきて戻れる自信はなくなっていった。しかも足元はぬらぬらと濡れ、苔むしてもいてとにかく滑る。スマホを見れば、とっくの昔に圏外だ。
このままだと間違いなく戻れなくなる。じわりと不安が肌をなぞる。それを首を振って遠ざけようとしたそのときだった。
先を進んでいた工藤の姿がいきなり消えた。
「工藤?!」
慌てて懐中電灯の光を左右させる。でも見当たらない。濡れた岩だけが鈍く光を反射するだけだ。重みを持って迫ってくる闇に恐怖が一気に跳ね上がり、俺は闇雲に足を踏み出す。とたん、ずるっと足元が滑った。
「わああっ……!」
尻もちをつくが、踏みとどまれない。坂を転げ落ちるように一気に闇の中へ滑り落ちていく。手で岩を掴もうとしたが、ぬるついた岩壁はそれを阻み、俺の手は虚しく空を切った。
……ヤバい、ここで死ぬかも。
考えないようにしていたことが頭の中を過ぎったけど、その恐怖に身を任せる間もなく俺の意識は深い地の底へと吸い込まれていった。



