北極星と北斗七星。たまたま訪れたお店で素敵な話を聞けて、心にぽっと灯りがついた。
「すごいですね……まだお若いのに、そんなふうに考えられるなんて。なんだかしょうもないことでくよくよしてる自分が情けなくなってきました」
仕事のことも光莉さんと宮沢さんのことも、確かにしんどいと思うことはあれど、人生を揺るがすほどの大事件ではない。少しずつ積み重なっていく疲労や戸惑い。それから、嫉妬。
些細なものにばかり気を取られて、目の前の道を見失うところだった。
「いえいえ、とんでもないですよ。僕なんてまだひよっこです。正直、後継ぎなんてプレッシャーですし」
シーッと口元に人差し指を当てて、店主である父親に聞こえないように小さな声で付け加えた。
「悩みは人それぞれですから、とにかく『北斗』のご飯を食べて、悩みが吹っ飛ぶぐらい元気になっていただけたら、嬉しいですっ」
子犬のように人懐っこい笑みを浮かべて、麦島さんがそう言った。私は、そうかと思い直す。
この人にとって、私や他のお客さんが「おいしい」と言って料理を完食してくれることが何よりの原動力なのだ。
だから私は、ただ食べればいい。
目の前には甘辛くてほくほくの鮭ハラスが私を待っているのだから。
「ありがとうございます。素敵な話を聞かせてくださって」
「いや、僕のほうこそ。話しすぎてしまいました。お話できて良かったです。ごゆっくりなさってください」
「はい、そうします」
これ以上、余計な言葉はいらないと思った。言葉じゃなくて、ご飯を食べることでつながる心がある。与えられる力がある。与えてもらえる力がある。
よおし、食べるぞ!
鮭ハラスにだし巻き卵、ほうれん草のおひたし、白ごはん、味噌汁を順番に平らげた。お皿が空になるたびに、心と身体が満たされていく。雨に打たれたことも自然と忘れていた。
お店の扉が開き、他のお客さんがやってきた。
「いらっしゃいませ!」
麦島さん親子の声が明るく響き渡る。私はそっと「ごちそうさまでした」と手を合わせて、麦島さんがやってきたお客さんを案内する姿を、あたたかな気持ちで見つめていた。
【琴音、今日はスープカレー、一緒に行けなくてごめんやで〜! ちゃんとご飯は食べた?】
二十二時、予約していたビジネスホテルに到着した私はお風呂に入ったあと、光莉さんからメッセージが来ていることに気づいた。
光莉さんはまだ宮沢さんといるらしく、光莉さんが泊まる予定の隣の部屋からは物音がしない。
【はい、ちゃんと食べました。とてもおいしかったです】
何を食べたのか、詳細は送らなかった。すぐにピコンと返信が来る。
【そっか、良かった! 私はもう少しかかるから、先に寝てや。明日も頑張ろう!】
【分かりました。宮沢さんと楽しんでください】
静かにスマホの画面を閉じる。光莉さんが宮沢さんと楽しんでいる姿を想像しても、もう心がざわつくこともない。凪いだ海のように穏やかだ。
「お腹いっぱいだし、大丈夫」
あんなにささくれ立っていた気持ちが嘘のようだ。胃袋が満たされたことで、気持ちに余裕ができたみたい。
思えば光莉さんだって、久しぶりに同期の仲間と再会できて、純粋に嬉しいのだろう。
宮沢さんは良い人だ。光莉さんのことがなければきっと私も好きになる。
明日、宮沢さんに謝ろうかな——なんて考えるけれど、謝るのもおかしいと思い直す。
普通に過ごそう。それが、私が先輩たちに追いつくための一歩だ。
今日食べたあたたかなご飯と出会った人たちが、私の背中を押してくれるはずだから。
「すごいですね……まだお若いのに、そんなふうに考えられるなんて。なんだかしょうもないことでくよくよしてる自分が情けなくなってきました」
仕事のことも光莉さんと宮沢さんのことも、確かにしんどいと思うことはあれど、人生を揺るがすほどの大事件ではない。少しずつ積み重なっていく疲労や戸惑い。それから、嫉妬。
些細なものにばかり気を取られて、目の前の道を見失うところだった。
「いえいえ、とんでもないですよ。僕なんてまだひよっこです。正直、後継ぎなんてプレッシャーですし」
シーッと口元に人差し指を当てて、店主である父親に聞こえないように小さな声で付け加えた。
「悩みは人それぞれですから、とにかく『北斗』のご飯を食べて、悩みが吹っ飛ぶぐらい元気になっていただけたら、嬉しいですっ」
子犬のように人懐っこい笑みを浮かべて、麦島さんがそう言った。私は、そうかと思い直す。
この人にとって、私や他のお客さんが「おいしい」と言って料理を完食してくれることが何よりの原動力なのだ。
だから私は、ただ食べればいい。
目の前には甘辛くてほくほくの鮭ハラスが私を待っているのだから。
「ありがとうございます。素敵な話を聞かせてくださって」
「いや、僕のほうこそ。話しすぎてしまいました。お話できて良かったです。ごゆっくりなさってください」
「はい、そうします」
これ以上、余計な言葉はいらないと思った。言葉じゃなくて、ご飯を食べることでつながる心がある。与えられる力がある。与えてもらえる力がある。
よおし、食べるぞ!
鮭ハラスにだし巻き卵、ほうれん草のおひたし、白ごはん、味噌汁を順番に平らげた。お皿が空になるたびに、心と身体が満たされていく。雨に打たれたことも自然と忘れていた。
お店の扉が開き、他のお客さんがやってきた。
「いらっしゃいませ!」
麦島さん親子の声が明るく響き渡る。私はそっと「ごちそうさまでした」と手を合わせて、麦島さんがやってきたお客さんを案内する姿を、あたたかな気持ちで見つめていた。
【琴音、今日はスープカレー、一緒に行けなくてごめんやで〜! ちゃんとご飯は食べた?】
二十二時、予約していたビジネスホテルに到着した私はお風呂に入ったあと、光莉さんからメッセージが来ていることに気づいた。
光莉さんはまだ宮沢さんといるらしく、光莉さんが泊まる予定の隣の部屋からは物音がしない。
【はい、ちゃんと食べました。とてもおいしかったです】
何を食べたのか、詳細は送らなかった。すぐにピコンと返信が来る。
【そっか、良かった! 私はもう少しかかるから、先に寝てや。明日も頑張ろう!】
【分かりました。宮沢さんと楽しんでください】
静かにスマホの画面を閉じる。光莉さんが宮沢さんと楽しんでいる姿を想像しても、もう心がざわつくこともない。凪いだ海のように穏やかだ。
「お腹いっぱいだし、大丈夫」
あんなにささくれ立っていた気持ちが嘘のようだ。胃袋が満たされたことで、気持ちに余裕ができたみたい。
思えば光莉さんだって、久しぶりに同期の仲間と再会できて、純粋に嬉しいのだろう。
宮沢さんは良い人だ。光莉さんのことがなければきっと私も好きになる。
明日、宮沢さんに謝ろうかな——なんて考えるけれど、謝るのもおかしいと思い直す。
普通に過ごそう。それが、私が先輩たちに追いつくための一歩だ。
今日食べたあたたかなご飯と出会った人たちが、私の背中を押してくれるはずだから。



