華乃の苛立ちは、収まることがなかった。
それは、先程ーー『妾の子』として、格下だと思っていた無能な姉・紬が腹の立つ男と共に家を出たからだ。
その男は『能見家』という、異能の中で特別とされている二つの異能の一つ『精神干渉』を受け継ぐ家系。
腹は立つけれど、異能を持つ者達が世界を牛耳っているから能見家の立場はかなり高い。
だから、欲しかった。
ーーけれど。
『お前のような小賢しい手解きをする女を嫁に迎えるほどーー俺は、愚かではない』
(今まで、アタシの思い通りにならなかった事なんてないのに…っ、ムカつく、ムカつく…ムカつく!!)
思い出すとイライラが止まらず、爪をガリッと噛んだ。
「ねぇ、ちょっと」
「華乃様…! いらっしゃいませ」
イライラするのをどうにか収めたくて、恋仲にある一真の家ーー九条邸を訪ねた。
庭で作業をしていた使用人に声をかけると、ペコペコと頭を下げる使用人。
そんな彼女の態度を見るだけでも、少しスッキリとした。
「一真さん、いらっしゃる?」
「えぇ。坊ちゃんですね。どうぞ」
使用人に案内され、九条邸に上がった。
すれ違う使用人たちが、丁寧な挨拶をする。
その度に、華乃の気持ちは晴れていった。
「おや。どうしたんだい? …ちょっと、ご機嫌ななめかな?」
一真の部屋まで行く途中、縁側でのんびりと過ごしていた彼。
足音のする方を向けば、ぷりぷりとしている華乃。
少しの変化に気付けば、華乃はぱぁあっと表情を明るくさせて隣に腰掛けた。
「そうなの! 話を聞いて欲しくて!」
こくこくと何度も頷く華乃。
「どうしたっていうんだい?」
改めて尋ねると、華乃が口を開いた。
「すっごくムカつく男の人がいたの!」
「へぇ…? 華乃を怒らせるなんて、そいつはなんて失礼なんだろうね?」
「でしょう!? それで、その方…お姉様と縁談ですって! 本当信じられーー」
言葉を続けようとしたが、すかさず一真が遮った。
「…何だって?」
「? だから、信じられないって!」
「違う…紬が…縁談? まさか、彼女はまだ十七…結婚なんて、出来ないだろう?」
「それはそうなんだけど、詳しい事は知らない! だって、その人が連れて行っちゃったんだもん。それでーー」
愚痴を聞いて欲しいのに、遮られる。
しかも、一真が尋ねるのは紬の事ばかりで面白くない。
「悪い。その話、またでもいいかい?」
「えぇっ!? 今、聞いて欲しいのに!」
「ごめんごめん。次ーー甘味でも食べながら、ね?」
そう言って、華乃の頬に手を添えて触れるだけの口付けをした。
すると、華乃は大人しくなり小さくこくりと頷いた。
「…分かった」
「うん。ごめんね? それとーーそろそろ、父が呼んでいるから。今度、ゆっくり話そう」
納得していない様子だったけれど、華乃はこくりと頷いて九条邸を後にした。
「…まずいな」
一真は、ぼそりと呟いた。
そして、父の書斎まで足早に向かうと襖越しに声をかけた。
「父上。一真です…よろしいでしょうか」
「入れ」
襖を開ければ、部屋の中で何やら怪しげな実験を繰り返すのは、一真の父・孝蔵。
「何だ」
一真が部屋に入るなり、彼の方を見ることもなく用件を求める孝蔵。
「先程、華乃から…紬が嫁いだと伺いました」
「…何だと?」
作業していた手を止めて、一真の方を見る。
父と目が合えば、ビクッと体を震わせる一真。
父の目が鋭く細められた。
「お前…あの娘を上手く操っていたのではないのか?」
「婚約まで進める算段でした。しかし、想定外の縁談が入りーー」
「誰が言い訳をしろと申した?」
「…申し訳ありません」
一真の言葉を遮る孝蔵。
理論的な性格の彼に、一真の言葉を聞く価値はないと判断した。
「それで…どこへ嫁いだのだ?」
「…申し訳ありません。嫁いだという事実だけを聞き、それ以上はまだ…しかし、後日ーー」
「はぁ…我が息子ながら、ここまで出来が悪いか」
「っ…」
孝蔵の言葉とため息に、一真は奥歯を噛み締めた。
「あの娘にはーー誰の異能であろうと使えないのが分かっているだろう」
「…はい」
孝蔵の言葉に短く返事をすることしかできない一真。
「あの娘の力を見抜く者がいたらーー能見家が手に入れたとしてみろ。異能の家系の構図は、今以上に能見が優勢になる」
「それはーー」
反論できず、唇を噛んだ。
孝蔵が恐れる事ーーそれは、無能と言われてきた紬にとある力が宿っている事を誰よりも先に気づいたからだ。
「能見家の当主は治安軍の人間だ。鬼陰討伐や応援要請で藤代家へ赴いた可能性は十分ある。」
治安軍は、国の治安の為にある軍隊。
鬼陰という、妖の中で一番強いと言われる鬼が滅んだ現代でも、人間を脅かす存在。
年々、鬼陰は数を増やしているという。
というのも、悪い事を企む人間の気から生まれることもあるという。
人間の心の奥深くにある闇が、鬼を生むとされているーー。
それらと応戦する際、増員が必要になる。
その時に、異能を使える名家を中心に応援として依頼することがあるのだ。
「一真。絶対にあの娘を見つけ出せ…あの娘が持つ『無効』の力は、必ず我が九条家の繁栄につながる…!」
「はいーー父上」
誰も知らないところで、一つの黒い野望が静かに動き始めていた。

