催しは、一真達が起こした一件により途中で幕を閉じてしまった。
その後、摩耶達の元へ向かった紬と隆臣。
「――やっと戻ってきたわね。少し時間がかかりすぎではなくって? 隆臣さん」
「まぁまぁ。紬さんも無事に帰ってきたことだし、そんなことを今言わなくても良いだろう。摩耶ちゃん」
鋭い視線を隆臣に向ける摩耶。
それをへらっと笑って流そうとする一臣。
そして、その脇には隆臣が走り去った時よりもさらに高くなった人の山があった。
完全に気を失っている彼らを一度も目を離すことなく睨みつけている高園。
しかし、一臣の言葉を聞けば振り返った。
「奥様っ…! 奥様、奥様ぁっ!」
一目散に紬に駆け寄る高園。
ぎゅっと抱き着いて擦り寄る。
「おい。高園」
そんな高園を牽制するように声をかけるのは隆臣。
しかし、高園は退こうとなんてしない。
「よかったぁ…本当によかったですっ」
「高園さん…申し訳ありません、ご心配をおかけして…」
「本当ですよっ! このまま…帰ってこないかもって、思ってましたもん…」
ずるずると鼻を啜りながら語尾になるにつれて声が小さくなる。
(私なんかの、ために…)
高園が泣く姿を見ると、きゅっと胸が締め付けられた。
「でも、謝らないでくださいっ。奥様が帰ってきてくれましたから」
泣きながらへらっと笑う高園。
「そうね。それもそうだけれど――紬ちゃん、あなたには話さないといけないことがあるわ」
凛とした表情で言う摩耶に、紬は体を震わせた。
きっと、怒られる――それは、分かりきっていたからだ。
「前から気にはなっていたのだけれど、どうしてそんなにも自信がなさそうなの」
「…へ?」
難しい顔をして、真面目に首を傾げる摩耶。
身構えていた分、力が抜けて変な声が出る。
「隆臣さんが、あなたを妻として迎え入れ、使用人達との信頼もできている。それなのに、どうして?」
「え、えっと…その…」
今回で会うのが二回目にも関わらず、摩耶の言葉には目を見開いた。
(私…ちゃんとできていたの…?)
驚いて言葉が出ない。
しかし、その近くで高園が誇らしげにした。
「そんなの! 奥様が照れ屋さんだから、ですよ!」
「私が…照れ屋、ですか?」
胸を張り、どこか自信のありそうな高園に「ふふっ」と思わず笑みを零す紬。
「照れ屋…ふぅん。でもね、紬ちゃん。それでは――能見家の妻として、お勉強をしてもらわないといけないわ」
摩耶が真剣な表情で告げた。
「お…お勉強…はい。しっかりと、努めさせていただきます…!」
摩耶の言葉に尻込みかけたけれど、紬はまっすぐ目を見つめた。
(旦那様が、私を迎えに来てくださった…それなら私は、全力で能見家のために…!)
心の中でそう決意すると、摩耶にも何かを決意した紬の表情は伝わり、くすりと笑った。
「えぇ。それじゃあ、まずは――しっかりと愛されていること。それを実感しましょう」
「…愛されている、ですか?」
きょとんとした。
この結婚は、契約結婚。
(私はもう、旦那様のことを――けれど、旦那様は…)
愛されたことがない分、他人からの愛には一層疎かった。
「そこに疑問…? ちょっと、隆臣さん。どういうこと?」
摩耶がそう放つと、ギロリと鋭い視線が隆臣に向いた。
「…俺達には、俺達の順序というものがありますから」
「まぁ…! 信じられない。夫婦として力を合わせないといけないのに。ねぇ? あなた」
「そうだね。夫婦として、そういうのはしっかりと示しておかないといけないよ」
こほん、と咳ばらいをし視線を逸らしながら言う隆臣。
そんな隆臣に目を見開いて一臣に同意を求める摩耶。
そして、摩耶の意見には全面的に肯定する一臣。
この家族の会話で、また紬には笑みが増えた。
「まったく…あっ! 軍人様。この方達、どうにかなさってくださる?」
呆れて視線を外した摩耶。
その視線の先に治安軍の隊士を見つけると、手招きをした。
近づいてきた隊士は、山のように積み上がる男達を見るとぎょっとした。
「えっと…これは…?」
「みなさん、体調が悪いらしいの。それと、何やら悪だくみしているようだから、治安軍の方でお話を聞いていただける?」
「は、はぁ…」
摩耶の言葉を疑いながらも、他の隊士達を呼び人を運び出す。
「今日はこのような結果になってしまったけれど、これから結婚式が控えている。その時、キミ達の幸せは盛大に祝福される」
一臣がそう告げると、紬は恥ずかしそうにしながらもこくりと頷いた。
「それじゃあ、摩耶ちゃん。僕達は部屋へ戻ろう」
「そうね…それじゃあ、紬ちゃん。妻として、頑張ってちょうだいね?」
「は、はい…!」
そう言って摩耶と一臣はホテルの部屋へと戻っていった。
「あ! 私も、軍人様のお手伝いしてきます。鬼陰の血を使ったってバレたとしても、恩を売っておけば何とかなりそうなので…!」
強かに言うと、高園は一人で数人の男性を抱えて行った。
「紬」
「っ…は、はいっ…」
守るためとはいえ、自分の意志で隆臣の手を離れてしまった。
そんな彼に引き戻してもらえたけれど、それはもしかしたら――正式に契約を終わらせるためかもしれい。
そんな一抹の不安で胸が埋め尽くされそうになっていた紬だったが、隆臣はそっと優しく抱き寄せた。
「本当に…良かった。紬が、アイツらの手に渡って――もう、会えなくなるのではないか。そう、思っていたんだ」
「えっ…? 旦那…様…?」
彼の言葉は優しく、包み込むような温かさがあった。
最初は下していた腕だったが、彼に応えたくて紬もそっと背中に腕を回し、ぎゅっと抱き着いた。
「でも…でも、旦那様っ…」
「――なんだ?」
後ろに回された手に驚きながらも、同じ気持ちなのだと実感すると、胸の奥が温かく満たされた。
すると、出る声も自然と柔らかくなる。
「私がいたからっ…私のせいで、また…あんなことになってしまったら――っ」
今度こそ、捨てられてしまうのではないか。
そう思うと、彼の背中に回した手の力が強くなる。
「そんなことは絶対に阻止する。けれど、もしそうなったとしたら――何度でも迎えに行く」
しかし、それは彼がすべて否定する。
「旦那様――」
「隆臣」
「へ…?」
彼への溢れそうな気持ちから、呼ぶ。
しかし、名前で呼ぶよう言われてしまうと耳まで赤く染まる。
「――先ほど、そう呼んでくれただろう。愛していると、そう言った時に」
「っ…! あ、あれは…! その…」
隆臣に指摘されると、恥ずかしさも相まり言葉に詰まる。
「――真意ではなかった、と?」
真面目な顔をして尋ねる隆臣。
しかし、紬は大きく首を横に振った。
「っ、ち、違います…! でも、あの時は…もしかしたら、最後かも…って。だから、後悔しないように…!」
「後悔しないように、か」
少し考えこむ隆臣。
そして、数秒の時間が経つとそっと耳元に顔を近づけた。
「俺も、愛している。紬」
「っ――!」
紬にしか聞こえない声で囁かれた愛に、体中が熱くなる。
「俺も後悔しないよう、これからは毎日伝える」
「ま、毎日…ですかっ…!?」
心臓がいくつあっても持ちそうにない提案に、紬は顔を赤らめた。
「あぁ。俺は紬の本音だけは分からない。だから、紬も同じようにしてくれると助かるのだが?」
「っ…わ、分かりました…」
恥ずかしさよりも、彼と同じ思いを通わせたことへの喜びが勝った。
「わ…私も…愛しています」
「あぁ、俺もだ」
二人の間に甘い時間が流れ始めると、「紬」と名を呼び彼女の顎をとらえた。
「愛している」
そう言って初めて交わした口づけは、まるで世界には二人しかいないような煌びやかなものだった。
契約から始まった二人は、やがて本物の夫婦となり、永遠の愛を誓う――。
≪完≫

