ワケアリ当主様との契約結婚 〜生贄婚と呼ばれる治安軍最強の軍神の元で、本当の愛を知りました〜


隆臣と紬に模した高園が控室から出ると、紬は扉の方ばかり見ていた。

「紬さん」
「っ…パパ、様…」

そんな視線に気づいたのは一臣。

「大丈夫。キミの旦那さん、強いから」
「っ…でも…」

隆臣の強さを疑っているわけではなかった。
けれど、もし――もしも、隆臣の身に何か起きてしまったとすれば――。
そう思うだけで、紬の胸はきゅっと締め付けられた。
隆臣の親である一臣が、彼の強さの保証をしても一抹の不安が消えるわけではなかった。

「私のせいで――そう、思うと…」
「紬さん。大丈夫。もうすぐ、キミの心配は隆臣よりも――」

一臣の言葉を遮るように、バッと勢いよく控室の扉が開いた。

「紬ちゃんっ。会場からお紅茶とお菓子をいただいてきたわよっ。お腹空いたでしょうっ!?」

この空気を覆す勢いで摩耶が入って来た。
同時に、二人のホテル従業員がカートを引きながら入ってきた。
それにより、控室が小さなパーティー会場のようになった。
カートには、さまざまな異国の焼き菓子と紅茶が載せられていた。

「…ね? キミは摩耶ちゃんの相手をすることに頭を悩ますんだよ?」

ニコニコと笑みを浮かべる一臣。

「あら、あなた。私がいない間に紬ちゃんと話すだなんて」

紬を喜ばせようと従業員達を呼びに行っていた間に二人だけで話していたと知ると、面白くなさそうに口を尖らせる摩耶。

「あぁ、ごめんよ。摩耶ちゃん。でも、キミに隠すような話はしていないさ」
「あなた…」

目が合えば手を取り合い、見つめ合う二人。
この状況でも、そのようなことをする二人に「ふふっ」と笑みを零す紬。

「そうそう。キミは笑っておいたら良いんだよ。そうすれば、隆臣がすべてを終わらせる」
「そうよ、紬ちゃん。あなたが心配することなんて何もないわ。あなたが心配するのは、このお紅茶とお菓子をどうやったらすべて食べられるか…それを私と考えることよ!」

カートの前でお菓子を品定めする摩耶。
摩耶が手招きをすれば、紬も隣に並んでお菓子を見た。

「わぁ…どれも、とても美味しそうです」
「そうでしょう? ここの料理もこだわるよう、私が言ったのよ?」

建設に携わったことで、誇らしげに話す摩耶。
そんな彼女を見て、紬はくすり、と小さく笑みを浮かべた。

このまま、平和に終われば良い――そう思っていたけれど、控室の扉がバッと勢いよく開くとそこには肩で息をしている隆臣が立っていた。

☆☆☆

三十分前。
控室を出た隆臣と高園は、腕を組んで歩いていた。
けれど、二人の間には小声のせめぎ合いが行われていた。

「高園、距離が近い。もう少し遠慮しろ」
「腕組んでるのにそんな無茶なこと、おっしゃらないでください…! あと、歩くの早いです。私、ヒールなんですけど…!」

会場へ着くのも一苦労だ。

「そういえば旦那様」
「なんだ?」
「犯人、誰か分かったのでしょう? 情報共有しておきましょうよ。私が危険にならないためにも」

高園が周囲の目を確認しながら隆臣に尋ねる。
隆臣はこくりと頷けば、異能を使って直接高園の脳内に語り掛けた。

『紬を狙っているのは、九条家だ。そして、それに手を貸しているのは藤代家を筆頭に他にも有力な家が数件ある』
「えっ…?」

隆臣の語りかけに、声を漏らす高園。
九条家といえば、幻術から派生した『傀儡』を得意とする一族。
しかし、このような事件を起こすとは思えない。
なぜなら、彼らの異能は――人形などの動かないものに命を吹きかけて自在に動くように操るもので、子どもから絶大な人気を誇っている。
そして、藤代――紬の実家が関わっているという事実に、目を丸くした。

「――高園。誰が聞いてるか分からないから口に出すな」

声を漏らした高園に、唇に人差し指を当てて牽制する。

『申し訳ありません。しかし、九条が…? それに、藤代って…どうして、奥様のご実家が? 娘の幸せを壊そうとするのですか?』
『九条の今の当主には、色々と黒い噂があったけれど、証拠がないから黙認していた。しかし、今回の件は見逃せない。そして藤代は――そういう家だ。紬が家に来たばかりの時のことを考えてみろ。察しはつくだろう?』

高園にそう伝えれば、顔が強張った。
紬は、来た時から今も優しくて気遣いのできる人。
しかし、見た目は違う。
能見家にやって来たばかりの彼女は古着のような着物を身につけて、年頃の娘にもかかわらず顔には、できたばかりの傷があった。
そして、着物から出ている手足はほっそりとしておりすぐに折れてしまいそうなほどか細かった。
能見家にやって来て、少しずつ笑顔が増えて楽しそうにしているから触れることはなかった。
たしかに、思い返せばおかしなことがある。
街で妹と再会した時も――明らかに様子がおかしかった。

(許せない…奥様の幸せを壊そうとする奴らのことなんて…)

高園の中に、黒い靄のような感情が沸々とわき上がった。

『高園。お前、邪なことを考えていないだろうな?』
『えっ!? よ…邪なことって、どんなことですか…!』

隆臣に言い当てられたようで、ドキッとする。
直接語りかけている間は、相手の思考までは拾えない。
そのため、高園の中に芽生えた黒い感情に隆臣は気付かなかった。

「あっ、そうだ…旦那様。私、少しお手洗いへ行ってきてもよろしいですか?」
「あぁ。それなら俺もついていく。おそらく、一人の隙を狙って来るだろう」
「えっ、嫌ですよ。女性のお手洗いについてくるだなんて」

この状況でも口を尖らせ、軽口を叩く高園。
隆臣は顔を引きつらせた。

「誰も中までついていくわけがないだろう。外で待っている」
「えぇ? 私、奥様の護衛を任されるくらい強いのに」
「確かに、お前の強さは分かっているつもりだ。しかし、俺が高園を紬の護衛につけたのはお前に戦わせて預けるためではない。その身体能力で紬とお前自身を守ってほしいからだ。何度も言ってるだろう」

呆れたようにため息を吐きながら言う隆臣。

(やっぱり、この人の…いいえ。この夫婦の幸せは私が守りたい)

高園が心でそっとそう思うと、トイレの前までやって来た。
そして、隆臣の腕から離れると笑顔を向けた。

「それじゃあ、行ってきます」
「? あぁ…」

少しの違和感があったけれど、高園を信頼している隆臣はそのまま見送った。

トイレに入った高園は、空間の把握を行った。
個室の数、そして窓の位置。

(ここからなら…)

窓の位置は、高園の身長よりも頭二つ分高い位置にある。
しかし、この程度であれば高園にとって大したことがない。
少し屈み、ジャンプすると簡単に届いた。
鍵を開ければ、簡単に外の様子を見ることができた。

「運は私に向いている――まさか、ここに出るなんて」

窓の外は、会場の窓からすぐに出ることができる中庭だった。
さらに、人通りが少ない。

(まずは九条を見つけたら…そうしたら、芋づる式に関わっている一族にたどり着ける…)

勝機を確信し、高園はニヤリと笑った。

(バレたら絶対に怒られる――けれど、それは私が勝ち終えた後の話…だから)

そう思い窓から軽々と飛び降りた。
何事もなかったかのように、中庭で歓談している婦人の近くを通りかかった。

「あ、あのっ…紬様…お一人、ですか?」
「…」
「…紬様?」
「えっ…あっ、は、はい…主人は他の方とお話があるようで」

一瞬、紬と呼ばれて反応ができなかった。
紬に扮していることを、一瞬忘れていたのだ。
それを女性に不思議そうにされると、ハッとして笑みを浮かべた。

「あのっ…では、少しお話いたしませんか? ぜひ、紬様とは仲良くさせて頂きたいなぁって…その、思っているんです」

緊張した面持ちがありつつ、笑みを浮かべる女性。
紬のことを思えば、仲良くしておいて損はないはず。
けれど、高園にとって今はそれどころではない。

「申し訳ありません…他の方への挨拶周りが残っていて…」
「そ、そう…でしたか…では、またの機会に…よろしくお願いいたします」

会釈をして話をやり過ごすと、ホッと胸を撫でおろす高園。
そのまま、九条家を探し始めると、正面から――華乃がやって来た。

「あら、お姉様。探したのよ?」

ニコニコと愛想の良い笑みを浮かべる華乃。
しかし、華乃とは一回しか面識がなく、隆臣達の幸せを壊そうとしているという情報が頭に入っている高園は一瞬表情が強張った。

「ごきげんよう」
「え…?」

違和感がないよう、普通の姉妹のように返したつもりだったが、華乃の反応が妙な事に気付いた。

(まずい…声でバレた…?)

どれほど見た目を寄せたとしても、声を聞けば肉親には気づかれてしまうかもしれない。
そう思うと、鼓動が速くなった。

「華乃――紬?」

ちょうど、華乃と一緒に過ごしていた一真もやって来た。


「一真。お姉様よ? ほら見て…随分と高そうで、色の似合いそうなドレスをお召しになっているわ」

仲睦まじく、一真の腕に絡みつく華乃。
一真は、自分の花嫁になるはずだった紬が他の男の元へ嫁ぎ、買えないような高い純白のドレスを着ているのに、複雑な表情を浮かべた。

「あ…あぁ。とても綺麗だよ…紬」
「んんっ…あ、ありがとうございます…」

咳ばらいをしながら誤魔化したつもりだったが、一真は不思議そうに首を傾げた。

「? 紬、どうした? 声…少し、変わったか?」
「えっ…!? あ、えぇっと…き、昨日まで今日のために色々と練習をしていたから…声、おかしくなっちゃった、かも、です」

何とか誤魔化そうと言葉を紡ぐと、一真は目を細めて「ふぅん…」と頷いた。

「それより一真。ジュースは頂けたの?」
「え? あぁ。これ、華乃好きだろう? オレンジジュース」

そう言って、グラスに入ったみずみずしいオレンジジュースを華乃に渡す一真。

「ありがとう」

そう言って受け取り、ニヤリと口角を上げて高園に近寄る華乃。

「あぁっ…!」

そして、つまずくフリをして紬めがけてコップいっぱいに注がれたオレンジジュースをかけた。

「っ…!」

しかし、華乃の企みを瞬時に見破った高園は勢いよく後方へ下がった。

(何考えてるのよ、この女…! あずま屋のドレスを汚そうなんて、どんな頭してるのよ…!)

内心ふつふつと怒りがわき上がる高園。

「えっ、ちょっ…! うわぁっ!?」

ドレスを汚す魂胆でオレンジジュースをかけようとしたが、尋常でない動きに驚き足が絡まってしまった。
そして、転んだ華乃自身にオレンジジュースが頭からかかり、すぐ近くでガラスが粉々に割れた。

「っ! つめたーい! 何するのよ、お姉様!」
「は…?」

華乃の剣幕に、思わず声が漏れる高園。

「えぇっ…? 何事…?」
「どうしたのあの方…ずいぶんと派手に転んだのね…?」
「あらあら…ジュースまみれじゃない…」

華乃の大きな声に、周囲の視線が集まった。
そして、状況を知らない人達は華乃を憐れむ声を上げた。
その声が華乃に届いた瞬間、彼女はニヤリと口角を上げた。

「ひどいわお姉様…! 妹にこんなことをするなんてっ…能見家に嫁いだからって、実の妹をないがしろにするの!?」

まるで、悲劇のヒロインかのように大げさに声を上げて騒ぎ立てた。
一瞬、高園に冷たい視線が注がれる。

(この女…こうやって、奥様を苦しめてきたのね…)

小賢しい華乃の手法に、高園は手のひらに爪が突き刺さるほど強く拳を握りしめた。

「何を言っているの? あなた今…自分で転んだのでしょう? 転んだ拍子に頭でも打って、おかしくなったのかしら?」
「は…?」

紬からは絶対に出ない言葉に、華乃は言葉を失った。
そして、高園の言葉を皮切りに、一人の女性がおずおずと手を挙げた。

「あのう…私も今、見ていたのですけれど…そちらの方が、紬様にジュースをわざとかけようとしていました…」

それは、先ほど紬と仲良くしたいと声をかけた女性だった。

「なっ…!」

思わぬ目撃証言に、華乃は追い詰められた。

「えぇ…? それじゃあ、わざと…?」
「それで、自分が被害者のように…信じられないわ」
「恥ずかしいお方…私なら、この場にいられなくなるわ」

立場が逆転すると、華乃は耳まで赤く染めて勢いよく立ち上がった。

「何してるの! 一真、早く行くわよっ!」
「あ、あぁ…それじゃあ、紬」
「えぇ。華乃、一真」

にこりと笑みを浮かべて手をひらひらとさせる高園。
しかし、その瞬間一真が抱いた疑惑は確信へと変わった。

「一真、かぁ…」

顎に手を添えて、ぼそりと呟き高園から離れたところで考えているとは、まだ誰も知らなかった――。

「あの…」
「は、はい…紬様…?」

高園が女性に声をかけると、ビクっと肩を震わせる女性。

「ありがとうございました。あなたのおかげで、誤解を解くことができました」
「い…いえ。私は、見たままのことを言っただけ、ですから」

高園が礼を伝えると、照れて頬を染める女性。
どこか紬に似た雰囲気を持つ女性に、高園は興味を惹かれた。

「あの…どうして、奥…じゃなくて、私と仲良くしたい…そう思ってくださったのですか?」

先程の話を尋ねれば、女性は緊張した面持ちでもじもじとしながら答えた。

「その…紬様、とても綺麗だなって。能見家の奥方様のように、位の高い方が、私のような地位の低い一族と話してくれるとは思わなかったのですけれど、色々と聞きたくて…お一人でいらっしゃるのをお見掛けして…つい」

女性の言葉に、ぱぁっと表情を輝かせる高園。
紬の見た目を褒められることは、つまり――自分の美容技術も褒められている、そう確信したのだ。

「えぇっ…! もう、それはぜひぜひ…! あっ。でもでも、私の付き人で高園という女性を可愛くするのにとても、とっても長けた者がいるので、ぜひ、ご一緒にお話ししましょう…!」
「高園、さん…?」

初めて聞く名前に、目を丸くする女性。
高園の勢いは止まらず、こくこくと頷いた。

「あっ…! 私、用事があるので…ぜひ、今度能見家にお越しいただけませんか?」
「えっ…えぇっ…!? わ、私が能見家になんてーー」
「それでは、失礼いたしますっ」

高園は、自分が今九条家の人間を探していることを思い出し、ハッとした。
そして、女性の言葉を最後まで聞くことはなく、他の場所へと駆けて行った。

(九条…九条…九条…)

紬は辺りを見渡しながら歩くけれど、九条家は見つからない。
時間が経ったこともあり、これ以上長くなれば隆臣に怪しまれてしまう。
そう思った高園は、トイレの窓から戻ろうと人の少ない窓のところへ戻った。

「紬」

背後から声をかけられ、振り返るとそこには、一真がいた。

「一真…?」

小首を傾げるが、彼はフッと軽く笑った。

「やっぱり、紬じゃないな」
「え…?」

二度目の呼び名の違いに、確信を得るとニヤリと口角を上げる一真。

「紬は、俺のことを一真“さん”と呼ぶ。そして、先程の身のこなし…お前、紬じゃない。替え玉か?」

鋭く突っ込む一真に、言葉が出なくなる高園。
そして、一真の背後からはぞろぞろと有能と名のある一族が姿を現した。

「…どうするつもり、ですか?」

高園が鋭く睨みつけながら尋ねた。

「手荒な真似をするつもりはない。俺達が欲しいのは紬。だから、キミには――人質になってもらおうかな、と」
「人質って…どこが手荒じゃないんです?」
「キミはただ、大人しく俺達についてきて紬のところに案内してくれれば、すぐに返してあげるよ。さぁ、行こう」

そう伝えて紬に手を差し伸べる。
けれど、その手を取るはずがない。

「そうですか。ご心配なさらず。私は――自力で帰れますから」

一真にそう言い切ると、高園は胸に手を当ててそっと目を閉じた。
数秒もしないうちに彼女の体は黒い靄に包まれ――鬼陰と人間が混合した姿へと変貌した。

「ひぃっ…! 鬼陰…!」

一真の後ろで、変貌した高園の姿におののく一部の一族。

「鬼陰のような姿に変わる…そんなことができるということは、高園一族の者か」
「えぇ。でも、自己紹介なんて必要です? これから貴方達、息の根が止まるのに」

にこりと柔らかく笑いながらも、物騒なことを告げる高園。

「お、おい…なんで、女が…! 高園家は…“つよし”って名前の…息子しかいないんじゃないのかっ!?」

戸惑いながら叫ぶ一族に、高園の額にピキと血管が浮かび上がった。

「あぁ、もう…ほんと…嫌いなんですよね。全然可愛くない。つよし、じゃありませんよ。(ごう)です」
「ご…ごう!?」

高園の名に驚く一族。

「能見家のみなさんは、私が嫌がるのを分かってるから苗字で呼ぶんです。けれど、初めてこの名で感謝しました…あなた達の度肝を抜けたようですから」

一度、深呼吸をすれば一真をはじめとする一族達を鋭く睨みつけた。





(絶対、守るーー!)

高園の決意は固く、突っ込んでいった。