あの日ーー隆臣が紬と初めて会った時。
隆臣は、人に近付けば、他人の考えている事は分かるはずだった。
隆臣には、『精神干渉』ーー人の心を読む事ができるから。
しかし、どれほど近付いても声は聞こえない。
(この者ーー何を…?)
普段、初対面の相手にこれほど間合いを詰める事はない。
噴水の水面には、近付く隆臣の影が揺れていた。
「ーーもし。そこのお方」
そう声をかけて振り返った彼女の表情に、隆臣はぎょっとした。
年頃の娘だというのに、顔に怪我を負い涙を流している。
痩せ細った華奢な体、着物の袖から伸びる腕も細く見るのが痛々しいほどだった。
ただ、それよりも隆臣が気になったのはーー。
(声が…聞こえない…?)
声をかければ、少なからず心の声が聞こえると思っていたのに、無音。
紬からは何も聞こえない。
隆臣にとって、奇妙な令嬢との出会いだった。
『精神干渉』ーーそれは、他人の心が読める事で他者から忌み嫌われてきた異能。
しかし、それは過去の話である。
精神干渉を数百年に渡り受け継いだ『能見家』が他人の心を読めることを『強み』として開拓したからだ。
長い年月をかけ、能見家は様々な組織で参謀として重用され、数々の成功へ導いてきた。
それが、能見家の地位を上げ、財を築き、異能一族の頂点の一角となった。
特に、精神干渉の異能で強い力を受け継いだのがーー現当主、能見隆臣である。
彼はまだ二十四歳だが、これまでのどの当主よりも輝かしい才覚を発揮している。
「まぁ、すっごく嬉しい」
(何、この貢ぎ物。要らないわね)
「そうか、喜んでくれて嬉しいよ」
(家にあった不用品で喜ぶとは。なんと愚かな娘だ)
隆臣が、他人との会話で違和感を覚えるようになったのは五歳の時。
人の話し声とは別に遅れて声が聞こえる。
これを当時の能見家当主である父の一臣に話したら、早くも精神干渉の異能を受け継いだのだと喜ばれた。
けれど、その日からーー隆臣の背中には命を蝕む呪術が現れた。
二十五歳で命を落とすーーそう言われている呪術だ。
それを消す方法はただ一つ『婚姻』である。
愛の有無は関係ない。
異能一族のトップに君臨する能見家へ嫁ぐ女性を探すのは容易い。
そう思われていたがーー。
能見家に初めて花嫁候補として女性が尋ねて来たのは、隆臣が十八歳の誕生日を迎えた日。
「はじめまして。本日からよろしくお願いいたします」
(やったわ…! 私が、能見家の妻になれるなんて! すぐに、この座をモノにしてやるわ)
「あぁ。よろしく頼む」
相手は二十二歳で、奥ゆかしそうな女性だった。
けれど、内心は能見家に嫁ぐことを金と地位のためというのが簡単に読めた。
隆臣は、十八歳の時にはすべての人の心の声ではなく、読み取ろうとした人物の声だけを拾えるようになっていた。
しかし、隆臣は気にすることがなかった。
隆臣の目的は、結婚して背中の呪術を消すこと。
誰と婚姻関係を結ぶかまでは、重要ではなかった。
ただ、出会ったばかりで婚姻関係を築くことに一臣と摩耶は良い顔をしなかった。
そのため、一か月だけ婚約という形で同棲することになった。
たった一か月。
その間に、問題など起こるわけがない――そう思っていた隆臣だったが。
「おい。それ、どうしたんだ」
女性がやって来て一週間ほど経った頃。
使用人の一人に生傷が増えていることに気付いた隆臣が尋ねた。
「っ…少し、転んでしまって…」
(奥方様にやられたなんて言っては…旦那様が驚かれてしまう…)
特定の人物の心しか読まなくなったことで、花嫁の隠れていた本性を見抜けず使用人を傷つけてしまったことを深く反省した。
最初の女性との婚約は破棄し、次にやって来た女性のことは逐一監視をした。
考えていること、欲しがる物、その日の行動、未来の予定――すべてを隆臣の手中に入れた。
しかし、そんな日々を過ごしていると先に限界を迎えたのは女性の方だった。
「申し訳ありません…四六時中監視をされるのは、気味が…悪いです」
そう言われてしまった。
隆臣にとって、加減をするのはとても難しかった。
何度目かの破談を繰り返し、初めて三週間という期間共に暮らせる女性と巡り会えた。
今度こそ――そう思っていた。
しかし、着替えの最中に女性が部屋へ入り、背中の呪術を見られてしまった。
呪術はまるで意思を持っているかのように、ドクドクと動く。
グロテスクで生々しいそれは、内臓が飛び出ていると言われても信じる者がいるだろう。
そして、それを見た女性は血相を変えた。
「ひぃっ…! 気持ち悪い! バケモノよ!」
「っ、これは――」
呪術であると知らない女性にとって、隆臣の背中で蠢くものは気味が悪くて仕方がなかった。
婚姻をすれば消えるという話に入る間もなく、破談となった。
何度も婚約、破談を繰り返すうち、隆臣には良くない話がついて回るようになった。
『相場の3倍の結納金を下さると言うから行ってみたけれどーーあんなの生贄よ。バケモノに嫁ぐなんて。まっぴらごめんだわ』
こうして、嫁ぐ女性を探す事自体、難しくなったのだ。
☆☆☆
隆臣にとって、残された時間は一年もない。
早く次の花嫁候補を探さなければならない。
そんな時に、話を受け入れてくれそうなのが藤代家だった。
藤代家は治癒の異能に長けた名門。
世間的にも名誉のある家が縁談の話を聞いてくれるというのは、意外だった。
しかし、これほどの絶好の機会を逃すわけにはいかない。
そのため、普段は家臣が手配する縁談に隆臣も足を運んだ。
そして、そこで出会ったのが――紬。
彼女の心の声が分からず、近寄って声をかければひどい姿で涙を浮かべている。
いくつもの戦場を越えてきた隆臣だが、女性の涙にはぎょっとした。
「…申し訳ない。込み入っていたとはつゆほども知らずーー」
家臣が藤代家の当主に話しかけており、隆臣は使用人の心を読んで藤代家の内情を掴もうとしていた。
すると、使用人の心の声で一人の女性の情報を掴んだ。
『浅ましい女』『妾の子』『無能』――とにかく、人からの評価が酷い。
もし、藤代家で縁談を断られたら、その女性に縁談を持ち掛けよう。
それほど周囲から疎まれているのなら、この家にいること自体が辛いはず――そう思っていたのだ。
けれど、彼女のことを他の使用人達が思うような人物に見えなかった。
「い、いえっ…!」
泣いていることを指摘されれば、手で拭おうとする紬。
そんな彼女を見ていると、痛々しくて反射的に手を掴んでしまった。
(なぜ…このようなことを…)
自分でも驚いた。
しかし、それ以上に驚いているのは突然知らない男に手を掴まれた彼女である。
「ーー擦るのは、よしなさい。目元、冷やした方が良さそうですね」
そう言い、胸ポケットからハンカチを取り出して噴水に浸けた。
水が滴らなくなるほどに絞れば、紬に差し出した。
これで冷やした方が良い――そう思って差し出したハンカチだったが、受け取ろうとしない。
「い…いえ。そんな、軍人様のハンカチを使うだなんて…」
小さく首を横に振る紬は、怯えていた。
(もしかしたら…)
何色にも染まらない漆黒の軍服、腰に携えた刀。
そして、彼女の頭一つ半ほど高い背丈に、訓練で鍛えた頑丈な体。
これらが彼女へ恐怖を与えているのかもしれない。
心が読めないからこそ、隆臣は彼女の声音や態度、仕草を注意深く見るしかなかった。
紬の背丈に合わせて少し屈んでじっと見つめた。
「構いません。軍人様、ですか。そんな呼ばれ方は慣れていません」
国民を守る立場でありながら、その一人である彼女を怯えさせている。
そう思い、柔らかい口調で告げた。
「も、申し訳ありません…っ。私のような者が…失礼な呼び方でした」
しかし、良かれと思って紡いだ言葉は彼女をさらに怯えさせてしまった。
責めるつもりはもちろんなく、笑みを増やした。
「ーー失礼。言葉足らずでしたね。あくまで俺は、國民を護るために働いている立場で、國民の貴女に崇められるつもりはない、と言いたかったのです。能見 隆臣と申します」
名を名乗った瞬間、彼女は目を丸くした。
「能見…様?」
その表情は、これまでに見たことがあるものに近かった。
(この女性…俺の話を知っているのか)
だから、怯えているのかもしれない――そう思い、話を切り上げようとしたが視線を落としたことで彼女の足の違和感に気付いた。
「足、痛むでしょう」
隆臣がそう尋ねると、一歩退いた。
まるで、怪我をしていることを隠しているような素振り。
けれど、一歩退いたことで怪我をしている方の足に体重がのしかかり、痛みで顔を歪める紬。
噴水の縁が紬の膝裏に当たり、よろけて噴水に落ちそうになった。
「危ない!」
紬の手をぎゅっと握り、自分の方へ引き寄せた。
紬がもたれかかる形となり、腕の中に収まった。
隆臣は紬がしっかり立てるよう支えながら、尋ねた。
「…ご令嬢。お怪我はないですか?」
そう尋ねると、紬は顔を上げた。
近い距離で話をすると、彼女の顔は耳まで赤く染まった。
「もっ…申し訳ございません…! わ、私っ…その」
慌てて離れようとする紬だが、転んで怪我をしてしまうかもしれない。
そう思うと、落ち着いて噴水の縁に視線を向けた。
「…足、痛むのでしょう。そちら、掛けてください」
噴水の縁に腰掛ける紬に合わせて跪いた。
「ーー失礼」
骨に異常がないのを確認すると、隆臣は怪我をしている箇所にそっと手のひらを当てた。
この程度の怪我であれば、隆臣でも異能で治すことができるからだ。
――しかし、手に力を込めても一向に治る気配がない。
するりと力が抜けていくようだ。
(やはり、この女性…『無効』を持っている。なぜだ。なぜ、無効のような類い稀な異能を持っている彼女が…?)
無効とは、あらゆる異能を否定する『最強の守り』と呼ばれる力。
その異能を持って生まれる人はかなり少なく、強力な力のため精神干渉と同じように別格とされている。
その事情を尋ねようと、口を開いた。
「…やはり、貴女はーー」
しかし、その言葉は家臣によってかき消されてしまった。
「当主様。お話中、申し訳ありません。藤代様のご用意が整ったようですので、参りましょう」
先に藤代家の当主へ挨拶をしていた家臣が隆臣を呼びに来たのだ。
「あぁ…だが、その前に」
家臣に返事をした後、再度紬を見た。
「ご令嬢。お名前を伺ってもよろしいか?」
「は、はい…紬、と申します」
隆臣の問いには答えるけれど、その返事を聞くと眉間に皺を寄せた。
名を聞かれて姓のみを答えるという受け答えはあっても、名前だけを伝えられたのは初めてだったからだ。
「差し支えなければ、姓も伺いたいのだが?」
「っ…それは…その…」
姓を名乗るのは、当たり前だと思っていた隆臣にとって、紬の反応は掴めなかった。
けれど、これは彼女にとって言い難いことかもしれない。
そう思い、聞き出すのをやめようとしたら唇が震えながらも、じっと隆臣を見つめて口を開いた。
「ふ…藤代…です…」
語尾になるにつれ、小さくなる声。
不安そうに着物をぎゅっと握る小さな手。
「藤代家のご令嬢ーーということでよろしいですか?」
「っ…」
何も言わず、こくりと頷く紬に目を見開く隆臣。
(さすがは名門、というべきか…まさか、無効の異能を持つ令嬢がいるなんて…)
そう思うと、隆臣の口は自然と動いた。
「…さすがは名門のご令嬢だ」
「えっ…?」
「貴女とは、また会える事を願っています」
彼女と縁談を結べれば――そんな考えが、自然と頭に浮かんだ。
「いや。ぜひ、またお会いしたい」
立ち上がり「今日はこれで失礼」と紬に頭を下げ、家臣と共に藤代家の屋敷へ入った。
「当主様。先ほどの方は…?」
屋敷に入ると、家臣が先程まで藤代家の当主達と話をしていた客間へ向かった。
その途中、隆臣が話していた女性について尋ねる家臣。
「藤代家のご令嬢だ。難しいだろうが――紬さんへ縁談を申し込む」
能見家にとって大きな益となり得る――隆臣はそう考えた。
「かしこまりました。では、そのように話を――」
「いや、話は俺が通す」
そう告げると、当主の待つ客間へ入った。
「失礼いたします」
「能見様。わざわざご足労頂き、ありがとうございます」
隆臣が入室すると、深々と頭を下げる宗近。
「いえ、こちらこそ縁談の話を受けていただきありがとうございます」
同じように隆臣も返せば、宗近が座っているソファーの対面へ腰掛けるよう案内する。
「それで、早速ですが――」
「お話をお受けしたいのはやまやまなのですが…ウチは娘しかいないものでして。次女は当主を継ぐ予定でして…」
隆臣が切り出すよりも先に、宗近が話を遮る。
しかし、ここで引き下がる隆臣ではない。
話を聞きながら、異能を使うことに集中した。
(この男は…何を望む)
隆臣が異能を使って宗近の心を覗くと、彼の思っていることは意外なものだった。
(皆、華乃にばかり縁談を申し込みよって…戸籍上、紬が長女だから家督を継ぐと思っているのだろう…そんなわけ、あるまい。あの無能な娘のせいで、儂は桂子や華乃からも冷たくあしらわれているというのに…)
意外とすんなり通りそうな話に、隆臣は胸を撫でおろした。
「藤代様」
「はい。なんでしょう、能見様」
「俺は――紬さんへ縁談を受けていただきたいのです」
隆臣がそう告げると、宗近は目を丸くしてぱぁっと表情を明るくさせた。
(…? なぜ、喜ぶ? 無効の異能を持つ娘を嫁がせてほしいと話しているのだぞ…?)
宗近の意外な反応に、再度異能を使って心を覗いた。
「えっ…!? え、えぇ…! 紬との縁談なら…! ぜひとも、お受けいたしましょう…!」
(紬…!? 九条家から縁談話を息子を通じてそれとなく言われていたが、正式なものではない。能見家に嫁ぐというのなら、この話を受けないわけがない…!)
表情に笑みがこぼれるのを耐えきれず、ニヤニヤと笑う宗近に隆臣は違和感しかなかった。
(この男…まさか、娘が無効の異能を持つと知らないのか…?)
「…ありがとうございます。それでは、さっそく結納金について、ですが――相場の五倍はいかがでしょう?」
「ご…五倍!?」
隆臣の言葉に、目をまん丸にする宗近。
しかし、すぐに何度も頷いた。
「えぇ…! ありがとうございます…!」
「急な話ですが、明後日お迎えに上がってよろしいですか?」
「えぇ! もちろんですとも!」
(やっとあの娘を厄払いできる…!)
宗近の内心の喜びに、隆臣は呆れた。
自分の娘であるにも関わらず、何かあれば娘のせいにする。
そして、親であり名門と呼ばれる家でありながら紬が持つ異能のすごさに気付いていない。
(名門と呼ばれているのに…ここまで落ちぶれているのか…)
同じ異能一族として恥ずかしいと思うほど。
やはり、彼女のことは迎えるべきだと改めて実感した。
無効という最強の守りである異能を狙う家は少なくない。
彼女にもし、何かあった時守れるのは――自分しかいない。
隆臣はそう強く思い、紬を手放さないようにしなければいけないと自分自身に言い聞かせた。
☆☆☆
背中の呪術の消失と、最強の守りである無効の異能を持つ紬を守るためという使命感から結んだ契約結婚だったが――紬との生活は、意気込む必要なんてないものだった。
使用人――特に、付き人の高園とは本当の友人のように仲睦まじくしている。
他の使用人に対しても、とても腰が低く丁寧に接する彼女。
両親とも良好な関係を築いてくれる。
一臣は、紬との関係を気付いているようだが、摩耶を傷つけないために目を瞑ってくれている。
そして、彼女のことで驚いたのは――街で鬼陰に襲われた時。
「高園…! 紬っ!」
鬼陰が街の一か所に集まっているという報告を受け、一目散に向かった。
建物の屋根を伝い、最短距離で現場を目指したが、それでも間に合わなかった。
鬼陰達に囲まれているのは高園。
その後ろに、建物の陰にいる紬が見えた。
刀を引き抜き、鬼陰を叩き切る――そう思ったけれど。
「キェエエエエエッ!!」
叫びながら高園へ向かって走る鬼陰に、間に合わなかった。
けれど、それよりも――。
紬が、高園を庇うように前に立ちはだかる姿に目を見開いた。
(紬っ…!)
彼女を失ってしまう。
そう、思ったのだが――。
(ダメッ…! 奥様がっ…!)
高園の心の声が、聞こえた。
紬の無効の異能は、彼女に対して異能が使えないのはもちろん、周囲の異能も無効にしてしまうものだった。
そのため、隆臣は紬の心の声が聞こえない。
そして、紬の周りにいる者の声も聞こえない。
それなのに、高園の声が脳に直接届いた。
(どういう…ことだ…?)
さらに、隆臣の目の前で紬に触れそうになった鬼陰がすっと姿を消す。
紬の無効が、鬼陰を消滅させたという事実に目を丸くする。
紬に触れようとした鬼陰が、紙屑のように消えた。
隆臣は目を見開く。
(……鬼陰ではない)
また、この行動によって紬の無効の範囲がかなり狭まったのだ。
しかし、そうだとしても――。
「高園。俺はーーどのような手段を取ったとしても逃げろ。そう、申したはずだぞ」
この場から、二人を逃がさないわけにはいかない。
これ以上、危険な目に遭わせるわけになんていかない。
――そして。
(誰かが鬼陰を模した異能で――紬を狙っているのかもしれない)
まだ、可能性の段階であった。
そして、それが最悪の可能性であってほしいと願わざるを得なかった。
☆☆☆
そして、一か月が経過し婚約披露のパーティーの日を迎えた。
隆臣の中では、犯人につながる可能性を二つに絞っていた。
一つは、紬を能見家の妻として迎えることをよく思わない異能一族の存在だ。
どこからか、紬が能見家に嫁ぐことを耳にした異能者がいるのではないかという可能性。
そして、もう一つは紬自身の異能の存在を知っている者――もしくは、その両方。
しかし、一か月調査をしても犯人の手掛かりは掴むことができなかった。
そのため、この場で――本来は紬を披露する祝いの場で決着をつけなければいけないかもしれないということに、気持ちが重かった。
「ふぅん…まずまずの着こなしね、隆臣さん」
いつも通りの治安軍の軍服姿で紬が準備をしている控室に入ると、摩耶が頭のてっぺんからつま先まで品定めするように見た。
「それはどうも」
端的に返すと、控室の隅にある衣装スペースのカーテンが開き高園が出てきた。
「奥様のご用意、完了いたしました」
高園がそう告げると、カーテンで囲われた仕切りの向こう側からひょっこりと控えめに姿を出した紬。
その姿は――美しかった。
腕や足は白い生地でしっかりと包まれているが、肩から背中にかけてはレースという大胆なデザイン。
さらに、髪はアップに結われ、化粧はいつも以上に華やか。
初めて見る艶めかしいドレス姿に、隆臣は息を飲んだ。
高園と紬と摩耶が何やら話をしているけれど、隆臣の耳には全く入ってこなかった。
初めて見た時は、可哀想に思えるような痛々しい姿だった。
けれど、高園をはじめとする使用人達と一緒に過ごし、一臣と摩耶からも大切に扱われた彼女の表情はだんだんと明るくなって、綺麗になっていく。
どれだけ着飾っても、彼女の笑顔が一番――そう思っていると、パチっと手を叩く音がして、急に周囲の音が鮮明に聞こえた。
「だ・ん・な・さ・まっ」
高園が隆臣の顔を覗き込む。
「っ、な、なんだ…」
「なんだーーって。見てくださいよ、奥様を! 私史上、最高に可愛いです!」
「あ、あぁ…」
そう言って、誇らしげに紬を見る高園。
――そんなこと、言わなくても分かっている。
「よく、似合っている」
上手く伝える方法が分からず、咄嗟にそう伝えれば紬の頬は赤く染まった。
「あ…ありがとうございます…」
「ちょっと、隆臣さん。言葉が足りないのではなくて?」
「そうだね、僕もそれ思ったよ。夫婦の行事のために着飾ってくれた妻に、それだけというのは…紬さんも持て余すだろう?」
両親に茶化されても、隆臣はそれ以上言葉を続けることはなかった。
「い、いえ…そんな…私は…」
「ーー紬、真面目に答えなくていい。それより、みなさんお待ちだろうから、参ろう」
これ以上、この場にいたら三人から何を言われるか分からない。
そう思い、紬に言えば素直に頷く。
「あなた、私達も行きましょう。隆臣さんと紬ちゃんの入ってくるところをしっかりと見ないと」
「そうだね、摩耶ちゃん」
先に一臣と摩耶が控室を出れば、紬に腕を差し出した。
けれど、彼女はぽかんとして隆臣をじっと見つめて小首を傾げる。
洒落たことを言えるユーモアの自信はなく、「こほん」と咳払いをした。
「その…エスコート、というものだ。夫婦で参加するのだから、これくらいは当然だ」
「あっ…は、はいっ…」
控えめに絡めた紬の腕は、細く絹のように白い肌。
鍛錬を重ねた自分の腕とは、倍以上も太さが違う。
「ささっ。旦那様、奥様」
高園が扉を開ければ、会場へと続く赤い絨毯が敷かれた廊下を歩いた。
「…歩きにくくはないか?」
紬の歩幅に合わせて歩いているつもりだった。
けれど、彼女の心を読むことはできない。
心を読めないというだけで、自然と会話が増え彼女の隣は――とても心地よい。
「えっ…?」
「背も違うだろう。だから、歩きづらくないか?」
そう尋ねるだけでも、幸せを噛みしめているような気がしている。
ずっとこのまま、彼女の隣をただ歩く事だけを考えられたら良い――そんな未来をふと考えていた。
しかし、長く続けば良い――そう思っていたことは会場に入ると完全に打ち消されてしまった。
異能の力により、分かってしまった。
首謀者と――そして、今回の件に多くの異能一族が関わってるという事を。

