ワケアリ当主様との契約結婚 〜生贄婚と呼ばれる治安軍最強の軍神の元で、本当の愛を知りました〜


一ヶ月が経過し、迎えた婚約披露パーティー。
摩耶が手配した会場は、一臣が当主の時に摩耶が建設に携わった高級ホテル。
当時はまだ、異国の文化を取り入れたものが少なかった。
しかし、摩耶はとことん異国の装飾を取り入れることにこだわった。
そして今となっては、若い女性が結婚式をするのに憧れる場所となり、結婚式の予約だけで、向こう一年は埋まっている。

「ふぅん…まずまずの着こなしね、隆臣さん」

紬の準備をする控室で、先に身支度を整えた隆臣が入ってくると、摩耶が頭のてっぺんからつま先まで品定めするように見た。

「それはどうも」

摩耶が優雅に扇子で顔に風を送っていると、ぺこりと会釈をして返す隆臣。
その時、シャッとカーテンの開く音で一臣、摩耶、隆臣の視線がそちらへ移った。

「奥様のご用意、完了いたしました」

高園がそう告げると、カーテンで囲われた仕切りの向こう側からひょっこりと控えめに姿を出した紬。

「まぁああああっ! 可愛い! 可愛いわ、紬ちゃんっ」
「あ…ありがとうございます…」

まだ少ししか見えていない彼女に、飛びつくように反応する摩耶。
紬は戸惑い頬を赤らめた。

「やはり、あなたの見立ては噂通りね。よくやったわ、高園」
「えっへん! 当然ですよ、大奥様っ。だって、あのシマさんにも、これだけは褒められるのですからっ!」
「ほう…シマが。すごいねぇ、君」

摩耶の言葉と一臣の驚いた表情に、嬉しそうに胸を張る高園。

「どうですか、旦那様っ。今日の奥様は私史上最高でーー旦那様?」

隆臣からも褒められると思い、ぱぁっと表情を明るくして話すが、隆臣は上の空。
呆然としている隆臣に近付けばパチっと手を叩いて音を出す高園。

「だ・ん・な・さ・まっ」

音と高園の声にハッとする隆臣。

「っ、な、なんだ…」
「なんだーーって。見てくださいよ、奥様を! 私史上、最高に可愛いです!」
「あ、あぁ…」

透き通るような純白のドレス。
腕や足は白い生地でしっかりと包まれているが、肩から背中にかけてはレースという大胆なデザイン。
さらに、髪はアップに結われ、化粧はいつも以上に華やか。
初めて見る艶めかしいドレス姿に、思わず固まった。

「よく、似合っている」
「あ…ありがとうございます…」

隆臣の言葉に、ポッと紬の頬は赤く染まった。

「ちょっと、隆臣さん。言葉が足りないのではなくて?」
「そうだね、僕もそれ思ったよ。夫婦の行事のために着飾ってくれた妻に、それだけというのは…紬さんも持て余すだろう?」

摩耶と一臣が隆臣の言葉にそう伝えるが、紬は小さく首を横に振った。

「い、いえ…そんな…私は…」
「ーー紬、真面目に答えなくていい。それより、みなさんお待ちだろうから、参ろう」
「あなた、私達も行きましょう。隆臣さんと紬ちゃんの入ってくるところをしっかりと見ないと」
「そうだね、摩耶ちゃん」

風のように去っていく一臣と摩耶。
二人に小さくため息を吐けば、隆臣は紬に腕を差し出した。
小さく首を傾げる紬に、「こほん」と咳払いをして言葉を続ける隆臣。

「その…エスコート、というものだ。夫婦で参加するのだから、これくらいは当然だ」
「あっ…は、はいっ…」

他の人に契約結婚という事は打ち明けていない。
他の人におかしく思われないよう、紬はこくりと頷いて隆臣の腕に腕を回した。
いつもより近い距離。
触れた腕は、軍人らしく、日々の鍛錬で逞しく引き締まっている。

「ささっ。旦那様、奥様」

高園が扉を開ければ、会場へと続く赤い絨毯が敷かれた廊下を歩いた。

「…歩きにくくはないか?」
「えっ…?」
「背も違うだろう。だから、歩きづらくないか?」

紬の歩幅に合わせて歩く隆臣がそう尋ねれば、紬は首を横に振った。

「い、いえ…私は…旦那様は、歩きにくくないですか? もしそうなら、私の方が…」
「紬が気にする事ではない」

端的に返すと、こくりと頷く紬。
そして、会場前の重厚な扉の前まで来ると深呼吸をする紬。

「大丈夫か?」
「は、はいっ…申し訳ありません…私、このような場へ来たのは初めてで…その…」

不安そうにする紬に、扉を開ける前に目を細めた隆臣がじっと見つめた。

「気負うな。高園から色々と教えてもらったのだろう?」
「は、はい…」

自信なさそうに答える紬。
いつもなら、ここで塞いでしまうが今日は違った。

(今日は、旦那様の隣を歩くのだから…)

自分一人ならどれだけ格好悪くても、この人の隣を歩くのにーー。
そう奮い立つとしっかりと前を見た。

「…それでは、参ろう」

覚悟を決めた顔をする紬を見て、隆臣が告げるとこくりと頷き二人で扉を開けた。

中から聞こえるのは賑やかな話し声。
帝都中の異能一族が集まったということで、互いに牽制し合う者達や、横の繋がりを広げようと盛んに言葉を交わす者達。
そして、自身の家を大きくする為に縁談話に花を咲かせる者達もいた。
そんな彼らも、主役の隆臣と紬が会場に入れば一瞬でシンと静まった。

異能一族の頂点にいる能見家当主とその婚約者である紬を見定める為だ。

「ほらほら、ご覧なさい。あれがウチの紬ちゃんよ。まぁ…とっても愛らしい」
「へ、へぇ…」

シンとしている会場に、摩耶の楽しそうな声が聞こえる。
たまたま近くにいた異能一族の女性に声をかけるが、戸惑いながら返事をしている。

「摩耶ちゃん。そちらのお方を困らせちゃいけないよーー申し訳ありません、ご婦人」
「い、いえ…」

摩耶が突然声をかけた女性に浅く頭を下げる一臣。

「マ…ママ様…」
「母上…」

遠目ではあるが、摩耶節をきかせたやりとりに紬は戸惑った。
隣にいる隆臣は、はぁ、と呆れて息を吐いた。
しかし、静かだった会場が摩耶達のやりとりにより、また話し声で賑やかになる。

「だが、これで挨拶も回りやすくなった。紬、行こう」
「はいっ…」

こくりと頷く紬。
隆臣の職場繋がりや名門一族への挨拶を行なっていく。
紬の作法などに問題はなく、皆が彼女を受け入れようとする温かい空気に包まれていたーーが。

「何よ…お姉様のくせにっ…!」
「落ち着きなよ、華乃…俺も同じ気持ちさ…」

幸せな二人に、翳りが迫っていることをーーこの時はまだ、知らなかった。


☆☆☆

能見家と関わりの深い一族には、一家ずつ挨拶をして回り、その後は全体へ挨拶をした。
歓談や立食をする時間になると、緊張の糸が解けて紬はホッと息を吐いた。

「紬。疲れただろう?」

隣にいる隆臣に聞かれれば、慌てて口元を押さえる。

「も…申し訳ありません…」
「気にするな。俺もだ。どうも、こういう堅苦しい場は、何度来ても慣れない」

首に手を当てて、ポキポキと鳴らす隆臣。

「あ、あの…私がきちんとできるか、という面でご心配をおかけしたから…でしょうか…?」

作法に自信のない紬が不安そうに言えば、くすりと笑みをこぼして首を横に振る隆臣。

「まさか。そんな心配はしていない。それに、十分にやってくれたじゃないか」
「あ、ありがとうございます…」

面と向かって褒められると、まだ気恥ずかしさがある。

「そうだ、紬…お色直し、しないか?」
「お色直し…ですか?」

まるで、結婚式のような展開にパチパチと瞬きを繰り返す紬。

「えっ…で、でも…私、この一着しか…」
「案ずるな。ホテルの者が用意してくれているそうだ」

隆臣の言葉に納得すると、こくりと頷く紬。
彼にエスコートをされて、賑やかで和やかな会場から出ると控室へ向かった。

「お帰りなさい。紬ちゃん、隆臣さん」

控室の扉を開けると、そこには摩耶と一臣がいた。
摩耶が出迎えると、紬は頭を下げた。

「あ、あら…? どうしたの…?」
「紬…?」

紬の様子に恐る恐る顔を覗く摩耶。
隆臣にとっても予想外の行動で、眉を顰める。

「先程の会場、とてもありがたかったです。入ったばかりの時、シンとしてて、とても緊張して…でも、ママ様とパパ様の声が聞こえて、落ち着けました」

言い終えると、ゆっくりと顔を上げて摩耶と一臣に笑みを浮かべる。
その言葉を聞くと、「んんっ…!」と摩耶が感嘆の声を上げ頬を赤くして照れる。

「まぁまぁ…! ほんっとうにいい子っ…! 私、貴女を娘に持てて良かったわーーだからこそ、貴女のことを絶対に守るわ」
「へ…?」

摩耶の言葉に小首を傾げると、扉が完全に閉まると同時にシャッと衣装部屋のカーテンが開いた。
そちらに目を向けるとーー紬が立っていた。

「へっ…!? わ、私…!?」

自分自身が立っていることに、戸惑いを隠せない紬。
しかし、紬を模した人物が口を開いた。

「えぇーっ! 奥様公認だなんて、やっぱり私…すっごく上手に奥様になれたんじゃないですかっ!」

嬉々として話すのは、高園だ。

「えっと…どうして、高園さんが…私に…?」
「奥様、奥様っ。見てくださいよーっ。私もついに、憧れのあずま屋のドレス着てますよー!」

紬の元に駆け寄れば、くるくると回って見せる高園。
質問に答えるつもりはないようで、はぐらかされてしまった。
紬は摩耶、一臣ーーそして、隆臣を見た。
すると、隆臣が重々しそうに口を開いた。

「…驚かずに聞いてくれ。紬は、複数の家から狙われている」
「えっ…!?」

突然の知らせに、驚かない方が無理だった。
紬は目をまん丸にして、何も言えなくなってしまった。

「でも、大丈夫よ」
「えっ…?」

落ち込む紬に、優しく声をかける摩耶。

「ここにいる私と一臣さんが、貴女を守るわ」
「で、でっ! 私が奥様の替え玉として会場へ行ってきますっ」
「今まで黙っていて申し訳ない。けれど、余計な心配をさせたくなかった。みんなーー紬を守りたいという気持ちだけで、役割を分担したんだ」

隆臣がそう告げると、摩耶、一臣ーーそして高園は頷いた。

(私のーーために…)

その言葉は、胸にじんわりと温かみを感じる。
胸の前で手をぎゅっと握り、紬は何も言えなくなってしまった。