ワケアリ当主様との契約結婚 〜生贄婚と呼ばれる治安軍最強の軍神の元で、本当の愛を知りました〜


姿を変えた高園は、鬼陰達が紬に近付かないよう四股を踏み、臨戦体制となった。

「ちょっと、鬼陰達ーー酷いじゃない。せっかく、奥様の可愛いところいっぱい見れて楽しかったのに! アンタ達のせいで、思い出がかすれるでしょう!」

高園が牙を剥き出しにして鬼陰を威嚇する。

「キェエエエエエッ!!」

言葉は通じていないけれど、高園達を追ってきた五体の鬼陰の敵対心は剥き出しだ。

「た…高園さんっ…あの、逃げーー」
「旦那様にバレちゃったら怒られますね。けれど、怒られる方が良いでしょう。無事に帰れるって事、ですからっ!」

紬が恐る恐る高園の背中に話しかけると、彼女は振り返る事なく伝えた。
紬の為に力を使う事に躊躇いはなかった。
けれど、人間離れした醜い姿を見られたくないという気持ちは、今も変わらない。
脚力を使い、一気に鬼陰に近付けばまずは一体。
腕を振り抜くと、鬼陰はぼわんっと姿形がなくなった。

「…? あれ…?」

一体目の討伐を喜ぶどころか、自身の腕を見て不思議そうにする高園。
手をグーパーと開いて感覚を確かめた。

「弱すぎない…? いや、私が久しぶりだから…?」

違和感がありながらも、高園は次の鬼陰へと向かった。

「やっぱり弱い…」

二体目も軽々と討伐する高園。
しかしまだ、違和感の正体に気付いていない高園は三体目へ向かう途中でようやく気付いた。
鬼陰が増えているという事に。

「ちょっ…! えっ…分裂してる…!?」

ぼわん、と消えたはずの鬼陰は高園が背を向けて次の討伐へ向かう間際に二つに分かれ、増えている。
七体に増えた鬼陰を前に、高園は冷や汗をかいてごくりと生唾を飲み込んだ。
そして再び、紬が身を潜める建物の隙間の前に立つと背中を向けたまま口を開いた。

「奥様ーー私がなるべく時間を稼ぎます。だから、この隙間をまっすぐ、行って下さい」
「えっ…?」
「まっすぐ行けば、大通りへ出ます。出現した鬼陰は私達が全て引きつけたようなので、そこには何もいません。伝達屋へ行ったらーー青柳さんに連絡してもらえます。それで、お屋敷へお戻り下さい」

まるで、高園が囮になるような物言い。
紬は首を横に振った。

「い、嫌です…! 高園さんも、一緒にーー」
「私もすぐ、追いつきます。だって、私ーーですよ?」

くるりと振り返って笑うのは、これまでに見てきた高園ではなかった。
人間だった面影の半分を、鬼陰のような異形が覆っていた。

「キェエエエエエッ!!」

高園達の会話を遮るように、鬼陰が雄叫びを上げれば高園目掛けて一直線に迫ってきた。

「さぁ、早く…! 奥様っ!」
「っ!」

高園が正面を向いた瞬間、紬は駆け出した。
高園と迫ってくる鬼陰の間に。

(私はもうーー護られるだけは、嫌っ…!)

隆臣によって、藤代家という地獄から掬い上げられた。
能見家の使用人達によって、まるで本物の家族のように温かく受け入れてもらった。
そして、高園によってーー着飾る事の楽しさを教えてもらった。

今、紬の周りにいる人達は、誰一人として欠けてほしくない大切な人ばかり。
積み重ねてきたかけがえのない時間が失われるかもしれない。
そんな気持ちが、紬の心を奮い立たせた。

鬼陰と高園の間に立ってはみたものの、いざ大きな鬼陰を前にしたら紬の顔は真っ青になった。
ぎゅっと目を閉じ、拳を握りしめた。

その時ーー。

「高園。俺はーーどのような手段を取ったとしても逃げろ。そう、申したはずだぞ」

想像していた痛みが襲ってくる事はなかった。
そして、頭上からは隆臣の声が聞こえた。

「だ…旦那、様…えっ!? ちょっ…えぇっ!? み、見ました…!? 今の…!」

高園は驚愕した様子で隆臣を見た。

「…へ?」

恐怖からきゅっと目を閉じていた紬は、何のことか分からず、恐る恐る目を開けた。
すると、紬の目の前まで襲ってきていた鬼陰は紬に触れる前にぱらぱらと、まるで紙屑のように散った。

「あぁ。やはり、この鬼陰達はおかしい。鬼陰が、『無効』の力で討伐できるわけがない」
「え…あ、あの…高園さ…わっ…!」

一人だけ状況を飲み込めず、高園の方を見れば、彼女はいつも通りの姿に戻っていた。
そして、紬を軽くひょいっと持ち上げると建物の隙間に入り込んだ。

「奥様。しっかりと掴まっててくださいね? 旦那様ーーこの場は、お任せいたします」
「当然。だが、帰ったらーー覚えておけよ」

隆臣の言葉にこくりと頷けば、高園は建物の隙間を全力で走った。

「待ってくださいっ…! そんな、旦那様が…!」
「大丈夫です」
「大丈夫なんかじゃ…! 高園さんっ。戻らないと…旦那様が…!」
「奥様。『血を流さない戦法の先駆者』ーーそう、旦那様が呼ばれている事はご存知ですか?」

高園の言葉に、首を横に振ればくすりと小さく笑った。

☆☆☆

隆臣は高園が紬を抱えて猛スピードで走り去る背中を見て、こくりと頷いた。
そして、建物の隙間を塞ぐように立った。
鬼陰に向き直り六体をギロリと睨みつければいつもより低い声音で言葉を放った。

「貴様ら…一匹残らず討伐してやる!」

鞘から刀を抜き、刃に手をかざす。
すると、眩い橙色の光が刀身を包み込んだ。
刀を構え、凄むと鬼陰達も雄叫びを上げた。

「キェエエエエエッ!!」

同時に、鬼陰が隆臣に勢いよく向かってきた。
隆臣の背後から逃げた高園達を追いかける勢いだ。
刀を一振りすれば、鬼陰は太刀風と共に散っていった。

「…ほう。やはり、異能で討伐できるな。それならーーこちらの方が早い」

異能で討伐できる事が分かると、隆臣は刀を鞘に収めた。
右手に力を込めると、手のひらほどの、光を放つ球体が出来上がった。
それを一体、また一体と次々と放っていく。

「キェエエエエエッ!!」

声を上げて消えていく鬼陰達。
隆臣が参戦し、ものの数分で討伐が成功した。

「隊長〜!」

討伐が終わると、声に反応してそちらを向いた。
副隊長の天草 司(あまくさ つかさ)が駆け寄ってきた。

「天草。遅いぞ」
「無茶言わないで下さいよぉ。これでも、別の任務から駆けつけたんですから」

膝に手を当て、肩で息をする天草。

「それにしても、相変わらず凄いですね…国民の避難誘導をして、さらに鬼陰討伐ですか」
「…違う」
「えっ?」

隆臣は、鬼陰出没の報告を受けて一目散にここへやって来た。
まず初めに、国民の避難誘導。
現場は、突然五体の鬼陰が現れて騒然となっていた。
これでは、鬼陰の被害よりも逃げる際に怪我を負ってしまう。
精神干渉の異能を使い、『鬼陰は治安軍が制圧をすること。そして、走らずに落ち着いて避難する事』をその場の全員に伝え、恐慌状態を抑えた。
そのおかげで、街にはまるで何事もなかったかのようになり、駆けつけた治安軍はすぐに状況確認ができたのだ。

これが、隆臣の戦い方。
犠牲は最小限に抑え、討つべき対象だけを、隆臣が制圧する。
人々はこれを『血を流さない戦法』と呼び、被害者がいない事を目標と掲げ『戦うよりも身の安全』を提唱するこれまでの軍人にいなかった思考を『先駆者』と呼んだ。

「違うって、何がです…?」
「これは、鬼陰を模した異能だ」
「何ですと!?」

隆臣がたどり着いた真相に、天草は目を丸くした。

「まさか…!」
「俺も、体感するまではあり得ないと思っていた。しかし、鬼陰を異能で倒す事が出来たーーそう申せば、お前もこの可能性を否定できないだろう?」
「っーー!」

隆臣の言葉に青ざめる天草。
鬼陰と異能は対となる存在。
鬼陰に異能が効くはずがない。
高園が紬の付き人に選ばれた理由でもある。
『無効』というどのような異能をも跳ね返す最強の護りを持つ紬。
攻撃を跳ね返すのは強いけれど、物理的な攻撃までは防げない。
紬には治癒のように回復する異能も使えない。
そんな彼女に有事の際があった時、盾となれるのが異能の効力が力に関係しない鬼陰の血を持つ高園。

「異能者の誰かがーー犯人、と?」
「あぁ。そうだ。すでに察しはついている」
「しかし…! 異能者が総人口で二割程度といわれていても、それだけで絞るなんて…!」

人数の多さに、天草は首を横に振った。
けれど、隆臣はくすりと小さく笑った。

「俺に一つ。妙案がある」

隆臣の頭に浮かぶのは、摩耶が考案した『帝都中の異能一家を招待した催し』だ。
そこで必ず、犯人は動くーーと確信を持っていた。


☆☆☆

紬と高園は青柳が運転する車に揺られて能見家へと向かっていた。
揺れる車の中で、高園は何度目かのため息を吐き、顔を手で覆った

「ゔぁー…絶対、旦那様に叱られる…」

これから怒られるという未来が分かっている上で戻るのは、高園にとって胃が痛くなる思いだ。

「まぁまぁ。結果としては、奥様も高園も無事に戻って来たのだから」

事の顛末を聞いた青柳は、最初こそ驚いていたもののあまりにも落ち込む高園を励ました。

「あと、奥様ぁ…」
「ど、どうしたんですか…? 高園さん」

顔を覆う指の隙間から、ちらりと紬の顔を見る高園。
紬が小首を傾げると、言いにくそうに口を開いた。

「も、私の事…嫌いになっちゃいましたよね? 付き人、解雇…ですか?」
「えっ…えぇっ? どうして、そんな事を…?」
「だって、だって…鬼陰みたいになってしまったし…奥様に、護られて…しまいましたもん…」

高園の言葉に、紬は目を丸くした。

「まさか…そんな事、あり得ません」
「えっ…」
「身を挺して守ろうとしてくれた高園さんを誇りに思っても、嫌いなんて…離れて欲しいなんて、思うはずーー」

全てを言い終える前に、高園は紬にぎゅっと抱きついた。

「もう、もう、もうっ…! みんな、どれだけ私に優しいんですかっ! 能見家大好きですっ」
「た、高園さんっ…」

ぎゅっと強く抱きつく高園に、紬は頬を赤らめ固まってしまった。

「こら、高園。よしなさい」

ルームミラー越しに様子を確認すると、優しく言う青柳。

「ちぇっ…あっ、もう着きますよ」

つまらなそうに口を尖らせ渋々離れれば、見慣れた景色が見え始めた。

「青柳さん、ありがとうございます」
「ありがとうございました」

能見家の前に車がつくと、青柳に挨拶をして紬と高園は敷地に足を踏み入れた。

「…げっ」

高園は玄関前にいる隆臣に思わず声を漏らした。

「おい、高園。主人にげっ、とは…随分と申すようになったな?」
「あっ…いやぁ…だはは…」

ギロリ、と鋭く高園を睨む隆臣。
高園は視線を逸らして笑って誤魔化した。
高園に詰め寄ろうとした隆臣だが、二人の間に紬が入った。

「旦那様…! 良かった…ご無事で…」

紬が無傷な隆臣を見ると、目に涙を溜めて安堵の表情を見せた。
そんな紬の顔を見ると、隆臣は少し目を見開きふっと軽く笑った。

「当然だ。俺を誰だと思っている」

目を細め、得意げに言うと、隆臣は紬の頭を優しく撫でた。

「だ…旦那…様…」
「ん? …あっ」

初めて頭を撫でられれば、頬を赤らめる紬。
無意識のうちに頭を撫でてしまい、パッと手を離す隆臣。

「す、すまない…失礼した」
「い、いえ…とんでも、ありません…」

互いにぎこちなく言う。
高園はそんな二人を見て、ほっこりとするのと同時にホッと一息ついた。
『よかった…怒られない』と、胸を撫で下ろした。
しかし、そのすぐ後ギロリと隆臣に睨まれた。

「…お前は後で部屋に来い」
「げっ…! だ…旦那様。人の心を読まないでください」

胸の前で腕をクロスさせる高園。
怒られるという運命から回避できないことが確定すると、がっくりと肩を落とす高園。

「ーーお前の考えそうな事くらい分かる」

隆臣は一瞬、目を見開いてちらりと紬を見たがその視線はすぐ高園に戻った。

「あっ、そうですよね…奥様がいらっしゃるから…」

隆臣に思っていたことを当てられた為、ふと口にしたがこの場には紬がいる。

「…? どういう事ですか?」
「奥様が無効の異能をお持ちなのはご存知ですよね?」
「え? えぇ…能見家へ参った初日に、旦那様から教えて頂きました」

こくりと頷けば、高園は言葉を続けた。

「奥様の無効の異能って、近くにいる人の異能にも制御がかかるみたいなんです」
「えっ…それって…」

高園の言葉に、思わず隆臣を見た。
(それじゃあ、私がここにいたら…旦那様のご迷惑になるのでは…?)
不安からじっと見つめていたが、隆臣は軽く笑った。

「案ずるな。俺にはこれがある。それに、紬には高園がついている」

紬に腰に携えた刀を見せた。
高園にちらりと視線を向ける隆臣に、紬は小さく頷いた。

「私の鬼陰の血なら、異能関係なく使えますからねっ」

不安そうにする紬に、高園も言葉を続けた。

「そう…ですよね。私、先ほどのこともあったから…」

長い髪を耳にかけながら苦笑いすると、隆臣はそっと紬の手を優しく握った。

「旦那、様…?」

大きく角張った手に包まれると、ぽっと頬が赤くなる紬。

「俺がもっと早く、紬のところへ迎えていれば…これほど辛い思いをさせなかったな」

やはり、強く止めるべきだったと悔いの表情を浮かべる隆臣。
紬は首を横に振った。

「い、いえ…高園さんが守ってくださったので…」
「今日は早く休むんだ。ここまで帰ってくればもう、大丈夫だから」

優しく紬を見つめる隆臣。
二人の間は、ゆったりとした時間が流れるようだ。

「あっ。それじゃあ、私が奥様をお部屋までーー」
「お前は俺の部屋へ来いーー積もる話がある」
「ゔっ…!」

隆臣の間髪入れない言葉に、高園の表情が強張った。
いつもの日常が戻ったようで、紬は小さな笑みを浮かべた。

☆☆☆

隆臣と高園は紬を部屋まで送り届けた。
その後、隆臣の後ろをついて歩く高園にはだらだらと冷や汗が流れていた。
そして、隆臣が自室の襖を開けるなり、高園は深々と頭を下げた。

「っ、旦那様。あの、申し訳ーー」

高園は、ごくりと生唾を飲み込み覚悟を決めて謝ろうとした。
しかし、隆臣が遮った。

「良い。高園も紬も、怪我をしなかったのだろう」
「は…はい…えっ? あの…?」

怒られると思って部屋へやって来たが、隆臣の意外な反応に高園は瞬きを繰り返した。
高園も部屋に入れば、隆臣は襖を閉めた。

「お前を呼んだのは、先ほどの鬼陰の事だ。お前も気付いてるだろう? 異能で、鬼陰が討伐出来るというーー奇妙な事に」
「え? えぇ…それは、はい」

高園はこくりと頷いた。
鬼陰は、異能で防御はできても討伐自体はできない。
鬼陰を討伐できるのは、治安軍が腰に携える特殊な刀か、鬼陰の血を引く高園一族のみとされている。
そんな鬼陰が、紬の異能により討伐されたのを目撃した高園も違和感を察した。

「恐らく、異能一族の誰かが故意に鬼陰を作り出したーーと、考えている」

隆臣の見解に、高園は目を丸くした。

「まさか…鬼陰を作るなんて…あっ」

高園が小さく首を横に振ったが、とある一つの話を思い出した。
『国家を転覆させようと目論む動きをしている一族がいる』ーーと。

鬼陰は、昔人間の生活に介入して悪事を働いていた。
二百年ほど前に鬼陰を通さない結界を張れる一族が現れた為、人々はようやく安寧が訪れた。
しかし、大切な人を奪われたという記憶がある人も多いため、いまだに因縁が絶えない。
高園一族もかつて鬼陰の被害を受けた一族だったが、その血を国のために使ってきたことで、今では例外的に認められている。

「帝都でも噂になっているから、お前も知っていたのではないか?」

高園の反応を見てそう尋ねると、高園は目を伏せた。

「…あの。それで、私を呼んだのって…」
「恐らく、帝都中の一族が集まる一月後の婚約披露パーティーで、何か動きがあるはずだ」
「っ…!」

高園の頭の中には、紬が危険な目に遭ってしまうという事が一番に浮かんだ。

「あ、あの…それじゃあ、パーティーは中止…ですよね?」

隆臣に改めて尋ねたが、彼は首を横に振った。

「そんな…! それじゃあ、奥様は…!」
「そこで、お前だ。お前ーー紬に化けられないか?」
「っ!?」

隆臣の突拍子のない考えに、高園は目を見開いた。

「なっ…!? そんな事…!」
「ーーできないか?」
「でき…なくはない、ですけどっ…!」

高園の化粧技術は、能見家に仕えるようになってからも磨かれ続け、今や帝都一といっても過言ではない。
それを見込んで隆臣が頼んだのだ。

「奥様のためなら…しかし! 奥様の身を思えば、中止にした方が…!」
「紬の身に何かを起こす事など、絶対にあり得ない。手の内は考えてある。これには、高園ーーお前の協力が必須だ」

隆臣の真剣な眼差しに、高園はぐっと言葉を飲み込んだ。

二年前、能見家に来た時から高園の役目は決まっていた。
花嫁の付き人。
主人の元にようやく現れた花嫁を守る協力ができなくて、何が鬼陰の血だーー。

高園は葛藤の中、こくりと頷いた。

「かしこまりました。そのお役目、この高園が絶対に果たしてみせます」
「頼むぞ。もちろん、この予測が外れただのパーティーで終わるのが一番…望ましいがな」

紬の知らない水面下で、密かに攻防が繰り広げられようとしていたーー。