ーー嫌い、嫌い、嫌い、大っ嫌い。
『鬼陰の血』なんてーー全然可愛くない。
良い事といえば、普段から運動神経が良いと言われるだけ。
有事の際には、鬼陰に近い姿となり身一つで戦わなければならない。
人間より、回復は早いけれどーー見た目が本当に気に入らない。
日差しを気にして普段から頑張ってる肌は、赤黒くなり、グロテスク。
爪は十センチほど長くなり、分厚くなる。
腕や足の筋肉はこんもりと盛り上がる。
目もぎょろっとする。
異能のない家庭に生まれた女の子達は、蝶よ花よと育てられた可愛い子達。
異能を持ってる子達は、スマートに力を使いこなす。
私のように、身一つで戦う泥臭いものではない。
だから、力なんて使いたくないしーー有事の際なんて、一生来なければいい。
ずっと、そう思って生きてきた。
けれどーー。
「お前のその力ーー誇るべきだろ。異能の対となる力で、特別なのだから」
初めて、認めてくれたのが旦那様で。
「もう。何やってるのさ」
「まったく、高園は…放っておけないんだから」
温かくて、大好きな居場所ができた。
みんなは、私を普通の女の子として接してくれる。
そしてーー。
「奥様…絶対、ここより前に出ないで下さい」
まさか、こんな事を言って、誰かを護る日が来るなんてーー。
胸に手を当てて、ぎゅっと目を閉じると身体中の熱が集まるのを感じた。
バクバクと脈が速くなる。
体が黒い靄に包まれ、晴れた瞬間ーー高園は、鬼陰と人間を混ぜたような姿となる。
そして、人間の姿では到底出せないほどの身体能力を手に入れる。
このお方のためならーー。
『鬼陰の血』を誇りに思う日が来るなんて思いもしなかった。
☆☆☆
二年前。
女学校の卒業を目前としていた高園。
高園家は『鬼陰の血』を受け継ぐ家系で、生まれる子は代々男ばかりだった。
その中で、高園という異質が生まれた。
さらに、彼女の鬼陰の血は歴代の中で最も濃いーーつまり、最も鬼陰に近い存在とされている。
高園家の男達は、その人並み外れた身体能力を評価され、代々治安軍へ入隊していた。
しかし、高園は一族で初めての女の子。
体力、精神面、そして仮に入隊したとしても、数年の経験を得た頃には嫁いで退職することが目に見えていることから、女性の入隊は難しいとされてきた。
高園は、入隊試験すら受けなかった。
理由は『可愛くないから』というものだったので、父からは強く叱られた。
そして、『鬼陰の血』を持って生まれた彼女を雇おうという勤め先はなく、職のない未来が見えていた。
そんな時、能見家との出会いは唐突にやって来た。
「先日、能見家の隆臣様が家督を継がれたそうだ」
「そうですか」
父に呼び出され、能見家の話をされても特に興味を示さなかった。
というのも、異能と鬼陰の血を継ぐ者は対になる存在。
異能は、大昔に妖が住む世界ーー妖界の長、妖帝が人間に授けた特別な力。
鬼陰の血の始まりは、鬼陰に襲われた異能を持たない人間だった。
鬼陰は、人を襲って自分の血を分けるという特異な事をする。
血を分けられると、死を迎えると言われて来たが、高園一族だけは何故か適合した。
そして、人間離れした身体能力を得て、身一つで戦えるほどの強靭な肉体を持つようになり、名の価値を上げてきた。
能力という非肉体的な力と、鬼陰の血という肉体的な力。
その関係から、対になると呼ばれてきた。
「隆臣様が、お前と話をしたいそうだ」
「…異能者が、私に何の話をするというのでしょうか」
父にそう返しても、それ以上語られる事はなかった。
異能者の中には、鬼陰の血を嫌う者もいる。
異能者の多くは鬼陰の討伐にあたる仕事に就く。
倒すべき敵の要素を身に付けたものが近くにいて、いい気はしないのだろう。
そして、高園家が鬼陰の血を受け継ぐようになって、百五十年。
けれど、未だ謎に包まれていることも多い。
「とにかく、明日能見家へ行ってこい。能見と繋がればーーウチはもっと名を高めることができる」
「…かしこまりました」
父にはこう、返事をした。
しかし、高園の内心は心底冷め切っていた。
これが、運命の出会いになるとはこの時微塵にも思っていなかった。
☆☆☆
そして迎えた翌日。
家督を二十二歳という若さで受け継いだ隆臣の容姿は、高園が見てきた者の中で一番美しかった。
その姿はしばらく、動きが固まる程だった。
しかし、彼の放った言葉で時は動き出した。
「お前が鬼陰の血を色濃く受け継いだ娘ーー意外と普通だな」
「…はい?」
客間に案内され、挨拶を交わすよりも前に隆臣が高園をじっと見て言った。
その言葉に、ようやく声を絞り出す高園。
「もう少しーー強面、というか強い感じの女性を想像していたから、意外だった」
「あの…能見様に私は、どのように見えているのでしょうか」
「別に。他の適齢の女と変わらないように見えるーーと、申したつもりだが?」
その言葉だけで、高園は目を丸くした。
これまで、どれほど普通という言葉を欲していたか。
一族の中では、鬼陰の血を受け継いでおきながら『可愛くない』という理由で軍隊には入隊しなかった。
有事の際に、鬼陰と混ざり合った姿になる自分の醜さがたまらなく憎かった。
高園は、幼い頃から化粧道具を手放せなかった。
周囲には『可愛いものが好きだから』で押し通していたけれど、本当は別の理由があった。
それは、彼女の顔に鬼陰の血が受け継がれたことで浮かび上がる紋様のアザが刻まれているからだ。
アザが目立たなくなるほどの化粧の技術を手に入れるのは、並大抵の努力ではなかった。
「そう…ですか」
「あぁ。しかし、気になるのはーーお前、血を色濃く受け継いだそうだが、あまり力を使った事がないとか。それは何故だ?」
隆臣が尋ねると、間髪入れず高園は答えた。
「可愛くないからです」
「は…? 可愛く、ない?」
返ってきた意外な答えに、こくりと頷く高園。
「私、鬼陰の血の力を使いたくないのです。一族からは家のために役に立たない恥知らず、なんて言われてますね。あはは」
笑って誤魔化した。
それが、高園の生み出した回避術だった。
怒られるから、罵倒されるからーー泣くことは簡単だった。
けれど、高園は笑った。
どれだけ周囲に何かを言われたとしても、この血を一生背負って歩くのは高園。
おちゃらけていれば、諦められるのが早かった。
能見 隆臣ーー二十二歳の若さで、治安軍特殊能力監獄隊の副隊長を務める男。
近々、隊長の辞職をきっかけに隊長に就くという噂は、異能に疎い高園の耳にも届いていた。
(恐らく、私を護衛にでもつけたいのでしょう? 鬼陰の血は異能とは違う。この力がーー)
だから、彼の目的を果たせないというのを匂わせる発言をした。
これで、諦められるーーいつものように。
しかし、隆臣が続けた言葉は意外なものだった。
「そうか…そんなお前にこれを聞くのは気が引けるが、最後の質問だと思って聞いてくれ」
「はい? 何でしょう?」
「鬼陰の血を継いだ者は、何をしなくても身体能力が良いと聞く。足が早かったり、重いものが持てるとか?」
隆臣の問いにこくりと頷いた。
足の速さは、車や機関車をも凌ぐほど速い。
弱肉強食の世界で生き残る孤高の肉食動物のような速さを持つ。
そして、成人男性十人を軽々と持ち上げられるほどの力を持つ。
華奢な高園からは、微塵も読み取れない力だ。
「そうか。なら、その力だけ貸してもらえないか?」
「えっ…それだけ、ですか?」
隆臣の言葉に目を丸くした。
高園一族にとって、足の速さや筋肉量は特別視されない。
鬼陰の血を使って変化した姿と、その力が持つ能力に視点を当てられることばかりだった。
「あぁ。高園は俺の異能ーー精神干渉を知っているか?」
「え、えぇ。少しなら、ですが」
精神干渉ーー他人の心を読む事で、考えや戦さにおいては戦法を見抜いて戦いにおける最強の攻撃と呼ばれる能力。
最強の護りと呼ばれる『無効』に並ぶ異能の中で格別と呼ばれる二つの異能のうちの一つ。
さらに、隆臣はその異能が歴代最高峰のレベルと言われる上、まだ二十二という若さで使い方はどの当主よりも格上と呼ばれている。
能見家始まって以来の天才と呼ばれている事まで高園は知っていた。
「お前が力を使う事を望まない、というのは聞いた。だからーー」
「えっ! いやいや、それだけなら私は全然! あ、でも…」
高園が最も嫌う、変化をしなくて良いという話。
それを聞けば前のめりに否定した。
「なんだ? 申してみろ」
「その、私…職が決まっていなくて。だから、力にはなりたいと思いますが、生活が…」
ははっ、と乾いた笑いを付け加えると隆臣は不思議そうにした。
「…? お前を雇うつもりで呼んだのだが?」
「えっ…! そうなのですか…?」
「当たり前だ。むしろ俺を、お前のような特殊な力を持つ者を一文も払わず利用する非道だとでも思っていたのか?」
異能者に対して良い印象のなかった高園は少し視線を逸らした。
「…ソンナコトナイデスヨ」
声が上擦る高園に、呆れたように息を吐く隆臣。
ふと隣に視線を移せば、一枚の紙を高園の前に出した。
「まぁいい。ここにお前に支払う賃金と勤務内容、その他諸々書いてあるから確認するように」
「は、はい…えっ!? こんなに!?」
書類を見て、一番に目がいったのは金額。
その金額を指折りで数えるけれど、間違いない。
女学校を卒業したばかりの者が貰えるはずのない金額が記してあった。
「当然だ。それとお前、あずま屋は知っているか?」
「っ、あずま屋!?」
『あずま屋』という言葉に過剰に反応する高園。
その反応に、冷静だった隆臣が少し目を見開いた。
高園が反応するのもそのはずーーあずま屋といえば、古くから続く老舗で、高園の憧れ。
名家でも通う事の難しい高級仕立て屋。
高園一族は、鬼陰の血を使った力の発揮で名を上げ、財も築いた。
けれど、その程度では到底通えない。
「あ、あぁ…お前の仕事は『花嫁の付き人』が主軸となる。そして、能見家の女性が身につけるものは代々、あずま屋の世話になっているから今後関わりが増えるーーおい。聞いているのか」
「はいっ。もちろん聞いております!」
うっとりとした表情で話を聞く高園にため息をつく隆臣。
「…それと、ない事が望ましいがもし、花嫁の身に有事があった際」
「っ…」
その時だけは、変化して絶対に守れ。
そう続くと察すると、息を飲む高園。
「お前のその脚力と腕力を使って、花嫁と全力で逃げろ。間違っても応戦しようなどと考えるな」
「…えっ?」
隆臣の言葉に目を丸くした。
『鬼陰を一体でも多く討伐しろ!』
『その血を持って、逃げるな! 愚か者!』
戦さに出た事のない高園にも、強い言葉は投げられてきた。
そんな彼女に、逃げろと申し付ける隆臣はーー異質だった。
そして、この時ーー高園はもう一つ思い出した。
能見 隆臣が『血を流さない戦法の先駆者』という異名を持つ事を。

