能面令嬢と闇の当主 〜愛のない契約結婚のはずでした〜


「話は以上だ。荷物をまとめたら仕事に戻れ。そして、明日には…分かっているな?」
「はい。今日まで、お世話になりました」

博の問いに頷けば、頭を上げてふらつきそうになる足取りで書斎を出た。
襖を閉め切る前に、甲高い梅と紅葉の声が心を抉った。

「やっとあの醜女を見なくてすむ。ほんと、清々したわっ」
「ほんとですわね、お母様。私も…お姉様と半分血が通っているだなんて、想像もしたくありませんもの」
「こら、二人とも…はしたない話をするんじゃない」

父も止める体ではあるけれど、その言葉に覇気はなかった。
静かに襖を閉め切ると、その足で祖父の書斎へと向かった。

「お祖父様ーー失礼致します」

返事は返ってこないけれど、祖父の書斎に入るのは十一年ぶり。
以前の癖は、抜けていない。
襖を開ければ、部屋は使う者がいなくなっても定期的に掃除をしていることで、あの日のままだ。
部屋の中央に敷いたままになっている布団へ、そっと手を置いた。
冷たい。
祖父が眠っていた頃は、あんなにも温かかったのに。

「お祖父様…申し訳ございません。白花は…当主には、なれませんでした」

声だけ少し震えた。
祖父が亡くなる直前、白花に遺した言葉がある。
それはーー。

『お前は当主の器だ。苦しく、折れることもあろう。だが、絶対に諦めるなーー儂が助けてやる』

祖父との約束を守れなかった。
そう思うだけで、唇を強く噛み締めた。