虐げられたクチナシの乙女は極道の瞳になる

「……若。明日は本家での定例会がありやす」

 そんなことを考えていると、部屋の外に控えていたヨウさんが低い声と共に襖を開いた。

「幹部が全員集まる場です。深月の兄さんをはじめ、あっちの派閥の連中も大勢来る。今日の一件を見るに、明日はさらに血生臭い場になりやすぜ」
「……ああ。わかってる」

 火狩様は私の腕から手を離し、ゆっくりと立ち上がった。

「蓬。明日はこの屋敷で留守番してな」
「え……」
「アイツが大人しくしてるわけがねぇ。俺の『目』の役目は、ほとぼりが冷めてからでいい」

 それは、紛れもない彼なりの優しさだった。
 ここにいれば、痛い思いもしないし、怖い目に遭うこともない。
 
(けど……私は、火狩様の『目』なのに)

 深月さんの悪意は露骨で、今の私は宣戦布告にも等しい。明日は火狩様の視界が奪われていることをいいことに、あの悪意が、今度は真っ直ぐに火狩様に向けられるのだ。
 きっと彼を守る人は沢山いるけれど、彼の『目』なのは私だけ。

「……い、いいい、いきます」
「蓬?」
「い、いいいっしょ、いっしょ、に……」

 吃りながらも、私は火狩様の着物の袖を強く掴んだ。

「……『目』です、わたし」

 震える声だったけれど、不思議と心に迷いはなかった。
 袖を引く私の強い力を感じ取ったのか、火狩様はしばらく無言で考える。やがて、彼はふっと息を吐き出し、呆れたように口角を上げた。

「……いい覚悟だ。ヨウ、明日はこいつも連れて行く。俺の後ろに席を用意しろ」
「承知いたしやした」

 ヨウさんが一礼して部屋を出て行く。
 二人きりになった室内で、火狩様はふいに私の手首を掴み、ぐいと自身の懐へと引き寄せた。

「きゃっ……」

 勢いよく彼の大きな体にぶつかりそうになり、慌てて背中に手を回して身を支える。
 至近距離から、微かな葉巻の匂いと、熱い体温が伝わってきた。

「なら、合図を決めておくぞ。『目』として、何かあったら俺に無言で伝えるんだ」

 火狩様は私の手を引くと、帯の結び目のすぐ横に私の指先を押し当てた。
 布越しに、彼の引き締まった体の硬さが伝わってくる。顔から火が出そうになるのを必死に堪えていると、彼が耳元で低く囁いた。

「いいか。何か見えたらここを叩くんだ。二回は警戒、三回は刃物。簡単だろ?」

 こくこくと頷くと、火狩様は満足したように頷く。あたたかい手で優しく私の頭を撫でてくれた。