虐げられたクチナシの乙女は極道の瞳になる

 鏡の前に座る私の姿は、まるで別人のようだった。
 艶やかに結い上げられた髪には鼈甲の簪が挿され、紅を引いた唇が真っ白な肌によく映えている。そして、身を包むのは純白の白無垢だ。
 かつて、実家の冷たい床の上で「私には一生縁のないもの」だと諦めていた晴れ着。ずっしりとした絹の重みが、今はひどく温かくて、幸せな涙がこぼれそうになる。

「姐さん、若がお待ちです。……最高にお綺麗ですぜ」

 襖の向こうから、護衛のヨウさんが静かに伝えてくれる。口数の少ないヨウさんの最大限の賛辞に頬が赤くなる。私は「ありがとうございます」と口の動きだけで伝え、深く頭を下げた。
 そして、ヨウさんに導かれるようにして、白泉組本家の大広間へと歩みを進めた。

 広間には、組の幹部や若衆たちがずらりと揃い、厳かな静寂が満ちていた。
 その最奥、豪奢な金屏風の前に座っているのは、黒紋付の羽織袴に身を包んだ火狩様だ。
 いつも通りの白い布で目を覆っているけれど、その堂々とした風格と精悍な顔立ちは、誰よりも美しく、力強い。

 私が静かに進み出て、その隣に座る。
 衣擦れの音と、微かに漂う沈丁花の匂いで気づいたのだろう。火狩様は私の方へそっと顔を向け、見えない瞳で私を真っ直ぐに捉えた。

「……綺麗だ、蓬」

 低い、よく響く声。目が見えないはずなのに、迷いなくそう言ってくれる彼に、胸の奥がきゅっと締め付けられる。

「……」
「見えねえのにってか? わかるんだよ、俺の女の晴れ姿はな」

 火狩様は大きな掌を伸ばし、そっと触れた。そのまま頬を撫でる武骨な指先から伝わる熱に、私は安心しきって目を細める。

 やがて、張り詰めた空気の中で、三三九度の杯が交わされる。
 とくとく、と酒が注がれる音を聞きながら、私は初めて火狩様の屋敷に連れ去られた日のことを思い出していた。
 あの時は、恐怖と絶望の中で「俺の目になれ」という契約の杯を交わした。初めて口にしたお酒は喉が焼けるように痛くて、ひどく震えていた。
 けれど今、火狩様から手渡された杯に口をつけると、お酒はほんのりと甘く、じんわりと心臓を温めてくれた。

「……俺の命は、お前のものだ」

 誓いの言葉と共に、火狩様が私の手を強く握る。
 私は彼の手を両手で包み込むように握り返し、まっすぐに彼を見つめた。

「わ、わわわわ、わたしの……ぜんぶ、も。かがり……様の、ものです……っ」

 吃りながらも、一生懸命に紡いだ言葉。
 それは契約だった。
 永遠に互いを縛り、互いのために生きる契約。

「——契約、成立だ」

 火狩様の温かい声が響く。
 こうして私たちは、永久の契約を交わしたのだった。