虐げられたクチナシの乙女は極道の瞳になる

 業火の熱と煙から逃れ、私たちは屋敷へと戻ってきた。

「痛むか、蓬」

 煙でやられた喉はまだ痛かった。けれどなんてことない顔をして首を振る。
 
「無理をするな」 

 けれどそんなことはお見通しだったのだろう。火狩様は慈しむように喉を撫でる。まるで撫でられる猫の様で、すこしくすぐったい。

「若。ご報告を」

 襖の向こうから、ヨウさんの低い声が聞こえた。火狩様の手がピタリと止まり、空気が変わる。

「深月の兄貴は本家で拘束、親父殿の裁きを待つ身となりやした。……雁金の母親と妹は、若のいいようにと」
「俺の女を殺そうとしたんだ、生かしてはおけねぇ。……だが、殺しちまっては蓬が苦しいだろう」

 火狩様は私の髪を撫でながら、酷薄で、けれど静かな声で告げた。

「身ぐるみ剥いで帝都から追放、名前も変えさせろ。二度と蓬の視界に入らねぇよう、地の果てまで追い払え。もし戻ってくるようなことがあれば、その時は容赦しねぇと伝えろ」
「へい。承知いたしやした」

 ヨウさんの気配が遠ざかる。
 私は少しだけ身を縮めた。自分を虐げてきた家族がいなくなることへの安堵と、そんな甘い判断をさせてしまったことによるうしろめたさ。それをわかっているかのように、火狩様は静かに笑った。

「あれだけしぶとい女どもなら、死にやしねえよ。それがいいことかどうかは、わかんねえけどな」

 火狩様が顔を寄せ、私の額に、頬に、そして最後に震える唇に、口づけを落とす。
 煙草の香りと、彼の熱い体温が私を包み込む。どこまでも優しく、とろけるような口付けだった。

「お前は、俺のことだけ考えてろ」

 その言葉に、私は静かに涙をこぼした。

 ◇ ◇ ◇

 そして、夏が来た。

 嘘みたいに平穏な春の一日。小鳥のさえずりと共に目を覚ますと、すぐ横には火狩様の穏やかな寝顔があった。
 いつも眼を覆っている布はなく、伏せられた精悍な瞳と、長いまつ毛が見える。そっと整った頬に触れると、大きな手が私の手を捕まえた。

「……おはよう、蓬」
「あっ……あ……」

 寝起きの甘く低い声に心臓がはねる。
 火狩様は私の手を自身の唇に引き寄せ、愛おしそうに何度も口付けた。くすぐったさと気恥ずかしさで顔が熱くなる。

「いい朝だな。今日は、お前のお天道様の匂いがよくわかる」

 火狩様に手を引かれ、私は彼の胸の中にすっぽりと収まる。
 縁側の外からは、春の風に乗って甘い沈丁花の香りが運ばれてきていた。
 
 今日は、私たちの結婚の日だ。