「——蓬!」
どこか遠く、声が聞こえる。
黒煙に包まれた世界の中、私の視界にはもう何も映ってはいなかった。
地面に伏して目を動かすけれど、見えるのは黒い煙とと赤い炎の世界だけ。
「蓬ぃ!!」
けれど、確かに声がする。火狩様は来てくれた。
偽物だと見破ってくれたのだ。私の危機に気づいて、駆けつけてくれたのだ。
嬉しい気持ちが胸を満たしたが、熱気で肺が焼け焦げそうだった。轟々と燃え盛る炎の音と、建物が崩れる爆音が響き渡り、火狩様の声は近づけない様子だ。
「蓬! どこだ、返事をしろ!!」
煙と炎の轟音は、視力のない火狩様から聴覚をも奪い去ろうとしていた。
私の声など届くだろうか。ただでさえ、小さくて震えて、良く聞こえない声なのに。
「蓬!!」
ああ、それでもこの人は、私を諦めたりしない。
必死の声を聞いてはらはらと涙がこぼれた。
「……か……かがり、さま……っ!」
猛火の音にかき消されてしまうような、か細く、小さな声。
自分でも出たかどうかわからないほどの掠れたその音を――彼は聞き逃さなかった。
「……そこか!」
火狩様は迷うことなく、炎を掻き分けるようにして真っ直ぐに私の元へと飛び込んできた。
熱い床の上に倒れ伏す私に触れ、縛られていることがわかると、懐の短刀で私の手足を縛っていた縄を切断する。
「……か、かがり……さま」
「蓬! すまねぇ、遅くなった……っ!」
震える私の体を火狩様は強く、痛いほどに抱きしめた。
私の煤だらけの頬に顔を押し当て、生きていることを確かめるように何度も私の名前を呼ぶ。その屈強な体が微かに震えているのを感じて、私は彼がどれほど急いで、どれほど恐れながらここへ来てくれたのかを悟った。
「……わたし……」
「喋るな、煙を吸うぞ。……っ、チィ!」
頭上から木の軋む嫌な音が響いた。炎に焼かれた太い梁が崩れかけ、バラバラと火の粉が降り注いでくる。蔵が完全に崩落するまで、もう猶予はない。
火狩様は私を抱え上げて出口へ向かおうとした。しかし、あたりは炎と煙に包まれて、火狩様の方向感覚を狂わせる。
(……私が、やらなきゃ……!)
私は、火狩様の『目』なのだ。
今この瞬間、猛火の中で彼を導けるのは、私だけなのだから。
私は大きく息を吸い込むと、火狩様の大きくて武骨な手を、両手でぎゅっと握りしめた。
「こ、っち……!」
煙で滲む目を必死に見開き、炎の隙間の安全な道を見極める。
私は火狩様の手を強く引き、崩れ落ちてくる瓦礫を避けながら、先頭を切って駆け出した。
「み、右……! あぶ、ない……っ!」
炎の壁が立ちはだかれば、彼の手を強く引いて迂回させる。
上から火の粉が降ってくれば、彼を庇うようにして身を屈める。
私が彼の目となり、私が彼の手を引く。彼がいつもしてくれているように、今度は私が、彼の命を地獄の底から引っ張り上げるのだ。
「走って……かがり、さまっ!!」
最後にもう一度、喉からありったけの声を振り絞る。
私たちは炎を抜け、崩れ落ちる扉の残骸を飛び越え——
「きゃああっ!」
背後で、完全に蔵が崩落する轟音を聞きながら、夜の冷たい土の上へと文字通り転がり出た。
「げほっ、うっ……」
「蓬!」
新鮮な夜気を肺の奥深くまで吸い込みながら、私は咳き込んで土の上に倒れ込んだ。
「怪我は!?」
「だだ、だ、だいじょう、ぶ……です……」
私の無事を確認すると、火狩様は大きく息を吐き出し、そのまま私を胸の中に強く、力一杯抱きしめた。
その抱擁が少し震えている。死ぬのが怖かったわけではない、きっと、私を失いかけたから。
「……助けに来たのに、助けられちまったな」
「わ、わたし……あ、ああの」
火狩様は私の顔に大きな掌を添え、額と額をコツンと合わせた。
煙草と、焦げた羽織の匂い。そして、私が一番安心する彼自身の匂いが、ふわりと漂う。
「無理して喋らなくていい」
「……か、かがり、さま……」
「いつも伝わってるよ、アンタが俺を好いてくれてるって」
夜の闇の中、燃え盛る業火を背にしながら、私たちは互いの鼓動と体温を確かめ合うように、静かに寄り添い続けた。
どこか遠く、声が聞こえる。
黒煙に包まれた世界の中、私の視界にはもう何も映ってはいなかった。
地面に伏して目を動かすけれど、見えるのは黒い煙とと赤い炎の世界だけ。
「蓬ぃ!!」
けれど、確かに声がする。火狩様は来てくれた。
偽物だと見破ってくれたのだ。私の危機に気づいて、駆けつけてくれたのだ。
嬉しい気持ちが胸を満たしたが、熱気で肺が焼け焦げそうだった。轟々と燃え盛る炎の音と、建物が崩れる爆音が響き渡り、火狩様の声は近づけない様子だ。
「蓬! どこだ、返事をしろ!!」
煙と炎の轟音は、視力のない火狩様から聴覚をも奪い去ろうとしていた。
私の声など届くだろうか。ただでさえ、小さくて震えて、良く聞こえない声なのに。
「蓬!!」
ああ、それでもこの人は、私を諦めたりしない。
必死の声を聞いてはらはらと涙がこぼれた。
「……か……かがり、さま……っ!」
猛火の音にかき消されてしまうような、か細く、小さな声。
自分でも出たかどうかわからないほどの掠れたその音を――彼は聞き逃さなかった。
「……そこか!」
火狩様は迷うことなく、炎を掻き分けるようにして真っ直ぐに私の元へと飛び込んできた。
熱い床の上に倒れ伏す私に触れ、縛られていることがわかると、懐の短刀で私の手足を縛っていた縄を切断する。
「……か、かがり……さま」
「蓬! すまねぇ、遅くなった……っ!」
震える私の体を火狩様は強く、痛いほどに抱きしめた。
私の煤だらけの頬に顔を押し当て、生きていることを確かめるように何度も私の名前を呼ぶ。その屈強な体が微かに震えているのを感じて、私は彼がどれほど急いで、どれほど恐れながらここへ来てくれたのかを悟った。
「……わたし……」
「喋るな、煙を吸うぞ。……っ、チィ!」
頭上から木の軋む嫌な音が響いた。炎に焼かれた太い梁が崩れかけ、バラバラと火の粉が降り注いでくる。蔵が完全に崩落するまで、もう猶予はない。
火狩様は私を抱え上げて出口へ向かおうとした。しかし、あたりは炎と煙に包まれて、火狩様の方向感覚を狂わせる。
(……私が、やらなきゃ……!)
私は、火狩様の『目』なのだ。
今この瞬間、猛火の中で彼を導けるのは、私だけなのだから。
私は大きく息を吸い込むと、火狩様の大きくて武骨な手を、両手でぎゅっと握りしめた。
「こ、っち……!」
煙で滲む目を必死に見開き、炎の隙間の安全な道を見極める。
私は火狩様の手を強く引き、崩れ落ちてくる瓦礫を避けながら、先頭を切って駆け出した。
「み、右……! あぶ、ない……っ!」
炎の壁が立ちはだかれば、彼の手を強く引いて迂回させる。
上から火の粉が降ってくれば、彼を庇うようにして身を屈める。
私が彼の目となり、私が彼の手を引く。彼がいつもしてくれているように、今度は私が、彼の命を地獄の底から引っ張り上げるのだ。
「走って……かがり、さまっ!!」
最後にもう一度、喉からありったけの声を振り絞る。
私たちは炎を抜け、崩れ落ちる扉の残骸を飛び越え——
「きゃああっ!」
背後で、完全に蔵が崩落する轟音を聞きながら、夜の冷たい土の上へと文字通り転がり出た。
「げほっ、うっ……」
「蓬!」
新鮮な夜気を肺の奥深くまで吸い込みながら、私は咳き込んで土の上に倒れ込んだ。
「怪我は!?」
「だだ、だ、だいじょう、ぶ……です……」
私の無事を確認すると、火狩様は大きく息を吐き出し、そのまま私を胸の中に強く、力一杯抱きしめた。
その抱擁が少し震えている。死ぬのが怖かったわけではない、きっと、私を失いかけたから。
「……助けに来たのに、助けられちまったな」
「わ、わたし……あ、ああの」
火狩様は私の顔に大きな掌を添え、額と額をコツンと合わせた。
煙草と、焦げた羽織の匂い。そして、私が一番安心する彼自身の匂いが、ふわりと漂う。
「無理して喋らなくていい」
「……か、かがり、さま……」
「いつも伝わってるよ、アンタが俺を好いてくれてるって」
夜の闇の中、燃え盛る業火を背にしながら、私たちは互いの鼓動と体温を確かめ合うように、静かに寄り添い続けた。

