尾を奪還し、九尾となった孤月を不満に思う者はもはやおらず、天ヶ崎家の当主の座は不動のものとなった。
洞窟で倒れた徳造は正気を取り戻すことなく、譫言を叫んでは幻の火に怯え続けているという。ときどき、「歌が聞こえる!」と悲鳴をあげているそうだ。
百目鬼家は市倉が継ぎ、妖夜祭にも参加することとなった。市倉は実父の罪を重く受け止め辞退しようとしたのだが、孤月が許した。灰禰も同感だった。姉を殺め、尾を奪ったのは徳造であり市倉ではない。市倉には、二度とこんなことが起こらないようにしてくれればそれでよい。
そうして迎えた妖夜祭の会場は、大極殿の広場だった。
よく晴れた空に、いくつも張られた天幕の白が映えている。
そのうち一際大きな天幕の中で、灰禰は孤月の身支度を手伝っていた。
「絶対かっこいいところ見せるから、灰禰も応援してよ」
肩に真っ白な羽織を着せかけていると、機嫌良さげに孤月が言った。灰禰はちょっと考え、小さく拳を握る。
「頑張って、孤月」
応援などしたことがないので、それ以上の言葉が出ない。孤月が苦笑した。
「もう少し励みになる方法がいいな」
「子守唄でも歌おうか」
妖夜祭では、一族の者が当主に妖術を用い、力を強くすることもあるようだった。というよりそれが普通のようだった。一人で平然と全ての相手を打ち負かしている孤月の方がおかしいのだ、と自分たち以外誰もいない天幕を見て灰禰は思う。
孤月がくるりと振り向き、頭一つ分は低い灰禰の顔を覗く。
「やだ。奥さんにしかできない方法がいい」
「わたしにしか……?」
それこそ土雲の術は灰禰にしか扱えない。生真面目に考えこんでいると、孤月が衣ずれの音もなく距離を詰め、掠めるように口づけた。
「なっ……!?」
熱くなった頬を押さえてバッと飛びすさる。孤月はすでに羽織の襟を整え、支度を万全に整えていた。
「く、口づけでは術をかけられない! 意味がない!」
「意味はあるよ? 僕のやる気が出る」
天幕の入り口から差した日が、晴れやかに笑う孤月を照らす。
鼓動が大きく跳ねて、灰禰に心のありかを教えた。
〈了〉
洞窟で倒れた徳造は正気を取り戻すことなく、譫言を叫んでは幻の火に怯え続けているという。ときどき、「歌が聞こえる!」と悲鳴をあげているそうだ。
百目鬼家は市倉が継ぎ、妖夜祭にも参加することとなった。市倉は実父の罪を重く受け止め辞退しようとしたのだが、孤月が許した。灰禰も同感だった。姉を殺め、尾を奪ったのは徳造であり市倉ではない。市倉には、二度とこんなことが起こらないようにしてくれればそれでよい。
そうして迎えた妖夜祭の会場は、大極殿の広場だった。
よく晴れた空に、いくつも張られた天幕の白が映えている。
そのうち一際大きな天幕の中で、灰禰は孤月の身支度を手伝っていた。
「絶対かっこいいところ見せるから、灰禰も応援してよ」
肩に真っ白な羽織を着せかけていると、機嫌良さげに孤月が言った。灰禰はちょっと考え、小さく拳を握る。
「頑張って、孤月」
応援などしたことがないので、それ以上の言葉が出ない。孤月が苦笑した。
「もう少し励みになる方法がいいな」
「子守唄でも歌おうか」
妖夜祭では、一族の者が当主に妖術を用い、力を強くすることもあるようだった。というよりそれが普通のようだった。一人で平然と全ての相手を打ち負かしている孤月の方がおかしいのだ、と自分たち以外誰もいない天幕を見て灰禰は思う。
孤月がくるりと振り向き、頭一つ分は低い灰禰の顔を覗く。
「やだ。奥さんにしかできない方法がいい」
「わたしにしか……?」
それこそ土雲の術は灰禰にしか扱えない。生真面目に考えこんでいると、孤月が衣ずれの音もなく距離を詰め、掠めるように口づけた。
「なっ……!?」
熱くなった頬を押さえてバッと飛びすさる。孤月はすでに羽織の襟を整え、支度を万全に整えていた。
「く、口づけでは術をかけられない! 意味がない!」
「意味はあるよ? 僕のやる気が出る」
天幕の入り口から差した日が、晴れやかに笑う孤月を照らす。
鼓動が大きく跳ねて、灰禰に心のありかを教えた。
〈了〉



