「いよいよ明日、婚礼ですね」
「はい。毎日お邪魔してしまってすみません。お義母様」
「いいのよ。むしろ、あなたたちにはここに住んでほしいくらいだけど、そうもいかないわね」
結納を無事に済ませ、いよいよ翌日に婚礼を控えた日のことだった。
パーティの準備のため、私はアドラー邸にお邪魔していた。お義母様になるフミ様と打ち合わせ、一緒にお茶を飲んでいたとき、洋館の庭先に、鷹島さんが木箱を抱えてやってきた。
「おかえりなさい、鷹島さん!」
「今帰った。月守小夜子、母さん」
「もう、あなたたち。明日には「鷹島小夜子」さんになるのよ。いつまでも苗字を呼び合うのはおやめなさい」
(そうだ。私、「鷹島」になるんだ……)
フミ様に窘められ、耳まで真っ赤になる。明日にはすべてが変わる。喜ばしい変化が気恥ずかしくて、そして嬉しかった。
「……と、とにかく。明日の準備品を持ってきた」
鷹島さんはコホン、と咳ばらいをすると大きな荷物を床に置く。
中には、無地の素朴な陶器の平皿が山のように積まれていた。
「わあ、素敵なお皿ですね。新しい生活で使うのですか?」
あまり高価なものではなさそうだが、素朴な柄は普段使いしやすそうだ。この食器をテーブルに並べて食事をする、五日の姿が目に浮かんで楽しい。
私が目を輝かせて尋ねると、鷹島さんは無言のまま一枚の皿を手に取り——
「ふんっ!」
——思い切り、足元の石畳に叩きつけた
「ひゃああ!?」
私は弾かれたように肩を揺らした。
「な、なんだ、どうした!?」
少し離れた場所で護衛をしていた獅子王少佐も、素っ頓狂な声を上げる。
「うふふ、えいっ!」
「えーい!! それっ!」
驚く私たちをよそに、ガシャン、パリンッ、と軽快な音が連鎖し始めた。
見れば、フミ様や側に仕えていたクララさんまでが、とても楽しそうな笑顔で次々とお皿を地面に叩きつけている。
「ど、どうした、独逸人だけ狂ったのか!?」
「し、獅子王さん、そんなこと言っちゃ……」
唖然とする私たち日本人——いえ、フミ様も日本人のはずだけれど。
そこへ、無表情のまま数枚の皿を粉砕した鷹島さんが、静かに私の方を向いた。
「月守小夜子、獅子王、あなたたちも割るんだ」
「……は?」
「独逸の風習だ」
淡々と告げる鷹島さんに、獅子王少佐がすかさず噛み付く。
「皿を割ることがか!?」
そのツッコミへの返答の代わりに、鷹島さんは手にしたもう一枚の皿を、ガシャーン! と勢いよく割ってみせた。
飛び散る白い破片。私たちは真っ青になって立ち尽くす。大切なお皿をわざわざ割るなんて、行儀作法を叩き込まれてきた華族としては信じられない蛮行だ。
「あの、本当に何が……」
唖然とする私を放っておいて、鷹島さんはどこからか竹箒を二本持ってくると、そのうちの一本を私に差し出した。
「さあ。一緒に片づけましょう」
「私も……ですか?」
「ええ」
「散らかしたのは貴様だろうが!」
「だから、お前もやれと言ったのに」
獅子王さんの突っ込みが冴え渡る。
鷹島さんは、散らばった陶器の破片を見つめ、やがて優しく微笑んで私の目を見た。
「これから先、壊れたものは二人で片づける。……そういう誓いをこめた風習だ」
——壊れたものは、二人で片づける。
その言葉の意味が胸にすとんと落ちて、じんわりと温かさが広がっていった。
なるほど、わかるような、わからないような。けれど、そういう大切なおまじないで、お祭りなのだとしたら。
私は恐る恐る一枚のお皿を手に取ると、目を瞑って、えいっと足元へ投げつけた。
がしゃん!
小気味よい音が庭に響き渡る。
……あ、なんだか少しだけ、悪いことをしているような気がして、楽しい。
「ふふ、面白いですね、これ!」
「そうだろう。さあ、もう一枚」
「おい馬鹿狸! 公爵令嬢が皿を割って笑うな、躾のなってない!」
「獅子王さんもやりますか? 楽しいですよ」
「誰がやるか!」
結局、木箱の中のお皿をすべて割り尽くした私たちは、鷹島さんと並んで箒を動かし始めた。
箒が石畳を擦る音と、破片がぶつかり合うカラカラという音が、風に乗って心地よく響く。
「あはは、少し割りすぎましたね」
「大変なほど、困難を乗り越える覚悟が決まる」
二人で並んで、一つの破片の山を作っていく。
これから先、北海道という過酷な土地で、どんな困難が待ち受けているかはわからない。思いがけず何かが壊れてしまう日もあるかもしれない。
けれど、その時はこうして二人で一緒に片づけて、また新しく始めればいいのだ。
(これからどんな困難があっても……二人で、乗り越えましょうね)
鷹島さんの大きな手と私の手が、時折不器用にぶつかり合う。
私たちはどちらからともなく笑い合い、欠けた破片よりもキラキラと輝く、愛おしい時間を過ごしたのだった。
「はい。毎日お邪魔してしまってすみません。お義母様」
「いいのよ。むしろ、あなたたちにはここに住んでほしいくらいだけど、そうもいかないわね」
結納を無事に済ませ、いよいよ翌日に婚礼を控えた日のことだった。
パーティの準備のため、私はアドラー邸にお邪魔していた。お義母様になるフミ様と打ち合わせ、一緒にお茶を飲んでいたとき、洋館の庭先に、鷹島さんが木箱を抱えてやってきた。
「おかえりなさい、鷹島さん!」
「今帰った。月守小夜子、母さん」
「もう、あなたたち。明日には「鷹島小夜子」さんになるのよ。いつまでも苗字を呼び合うのはおやめなさい」
(そうだ。私、「鷹島」になるんだ……)
フミ様に窘められ、耳まで真っ赤になる。明日にはすべてが変わる。喜ばしい変化が気恥ずかしくて、そして嬉しかった。
「……と、とにかく。明日の準備品を持ってきた」
鷹島さんはコホン、と咳ばらいをすると大きな荷物を床に置く。
中には、無地の素朴な陶器の平皿が山のように積まれていた。
「わあ、素敵なお皿ですね。新しい生活で使うのですか?」
あまり高価なものではなさそうだが、素朴な柄は普段使いしやすそうだ。この食器をテーブルに並べて食事をする、五日の姿が目に浮かんで楽しい。
私が目を輝かせて尋ねると、鷹島さんは無言のまま一枚の皿を手に取り——
「ふんっ!」
——思い切り、足元の石畳に叩きつけた
「ひゃああ!?」
私は弾かれたように肩を揺らした。
「な、なんだ、どうした!?」
少し離れた場所で護衛をしていた獅子王少佐も、素っ頓狂な声を上げる。
「うふふ、えいっ!」
「えーい!! それっ!」
驚く私たちをよそに、ガシャン、パリンッ、と軽快な音が連鎖し始めた。
見れば、フミ様や側に仕えていたクララさんまでが、とても楽しそうな笑顔で次々とお皿を地面に叩きつけている。
「ど、どうした、独逸人だけ狂ったのか!?」
「し、獅子王さん、そんなこと言っちゃ……」
唖然とする私たち日本人——いえ、フミ様も日本人のはずだけれど。
そこへ、無表情のまま数枚の皿を粉砕した鷹島さんが、静かに私の方を向いた。
「月守小夜子、獅子王、あなたたちも割るんだ」
「……は?」
「独逸の風習だ」
淡々と告げる鷹島さんに、獅子王少佐がすかさず噛み付く。
「皿を割ることがか!?」
そのツッコミへの返答の代わりに、鷹島さんは手にしたもう一枚の皿を、ガシャーン! と勢いよく割ってみせた。
飛び散る白い破片。私たちは真っ青になって立ち尽くす。大切なお皿をわざわざ割るなんて、行儀作法を叩き込まれてきた華族としては信じられない蛮行だ。
「あの、本当に何が……」
唖然とする私を放っておいて、鷹島さんはどこからか竹箒を二本持ってくると、そのうちの一本を私に差し出した。
「さあ。一緒に片づけましょう」
「私も……ですか?」
「ええ」
「散らかしたのは貴様だろうが!」
「だから、お前もやれと言ったのに」
獅子王さんの突っ込みが冴え渡る。
鷹島さんは、散らばった陶器の破片を見つめ、やがて優しく微笑んで私の目を見た。
「これから先、壊れたものは二人で片づける。……そういう誓いをこめた風習だ」
——壊れたものは、二人で片づける。
その言葉の意味が胸にすとんと落ちて、じんわりと温かさが広がっていった。
なるほど、わかるような、わからないような。けれど、そういう大切なおまじないで、お祭りなのだとしたら。
私は恐る恐る一枚のお皿を手に取ると、目を瞑って、えいっと足元へ投げつけた。
がしゃん!
小気味よい音が庭に響き渡る。
……あ、なんだか少しだけ、悪いことをしているような気がして、楽しい。
「ふふ、面白いですね、これ!」
「そうだろう。さあ、もう一枚」
「おい馬鹿狸! 公爵令嬢が皿を割って笑うな、躾のなってない!」
「獅子王さんもやりますか? 楽しいですよ」
「誰がやるか!」
結局、木箱の中のお皿をすべて割り尽くした私たちは、鷹島さんと並んで箒を動かし始めた。
箒が石畳を擦る音と、破片がぶつかり合うカラカラという音が、風に乗って心地よく響く。
「あはは、少し割りすぎましたね」
「大変なほど、困難を乗り越える覚悟が決まる」
二人で並んで、一つの破片の山を作っていく。
これから先、北海道という過酷な土地で、どんな困難が待ち受けているかはわからない。思いがけず何かが壊れてしまう日もあるかもしれない。
けれど、その時はこうして二人で一緒に片づけて、また新しく始めればいいのだ。
(これからどんな困難があっても……二人で、乗り越えましょうね)
鷹島さんの大きな手と私の手が、時折不器用にぶつかり合う。
私たちはどちらからともなく笑い合い、欠けた破片よりもキラキラと輝く、愛おしい時間を過ごしたのだった。



