文子姫の式神婚 〜悪役令嬢の後宮陰陽師は、鬼神の執着から逃げられない〜

 桐壺の(もと)へ、文が届き始めたのは数日後のことだった。

 全国の(ひな)が、すぐに集まる(はず)もない。
 まず届いたのは、後宮にゆかりのある女房の実家や、桐壺が以前から文を交わしていた旧家からの返事である。

 古い(ひな)の由緒。
 衣の()れに残る文様の写し。
 母から娘へ渡された時の言い伝え。

 それらが少しずつ、淑景舎の文机へ積まれていった。

 桐壺は朝から嬉しそうだった。

 かつての桐壺は、帝の御目(おめ)に留まることさえ、どこか恐れていた。

 寵を受ければ、(ねた)まれる。
 愛されれば、誰かの席を奪ったと(そし)られる。
 だから胸に抱いた想いを、ただ恋と呼ぶことさえ、後ろめたかったのだろう。

 けれど今は違う。
 幼い頃から(いつく)しんできた(ひな)の知識が、御代(みよ)を守る手立てになる。

 ただ二人の秘めごとに終始するだけではない。
 その恋は今、治世(ちせい)に報いるための力へ変わろうとしていた。

 その喜びが、頬の色にも、指先の動きにも宿っている。

 文子(あやこ)は、その様子を見る度に温かなものが満ちていくのを感じていた。

 (ひな)は、女たちが娘へ託してきた祈りだ。
 だからこそ、それを読み解く役目を負った自分が、次に間違えてはならない。

 夜更け、文子(あやこ)は独りで文机に向かっていた。

 灯台の薄ぼんやりした明かりの中、一枚ずつ写しを見比べていく。

 同じように見える文様でも、家ごとに線の流れが違う。
 守るもの、結ぶもの、受け継ぐもの。

 文様は、黙っていても語っている。

 その中に、一枚だけ、ひどく美しい写しがあった。

 薄墨で描かれた曲線は、乱れなく、優雅だった。
 由緒書には、古い公卿家に伝わる(ひな)の衣とある。

 けれど、文子(あやこ)の指はそこで止まった。

 美しすぎる。

 線が整いすぎている。
 古い(ひな)の衣から写したものにしては、年月の癖がない。
 布の(ゆが)みも、糸の(ほつ)れも(なめ)らかだ。

 そして、結びの向きが決定的に違っていた。
 祈りを内へ留める文様ではなく、結んだものを解く流れとなっている。

 文子(あやこ)は息を詰めた。

 これは、結界を編み出す文様に似せている。
 けれど、実際に用いれば、(ほころ)びを(ふせ)ぐどころか広げる。

 誰かが、紛れ込ませたのだ。