文子姫の式神婚 〜悪役令嬢の後宮陰陽師は、鬼神の執着から逃げられない〜

 その下、庭の白砂の上に、黒塗りの盆が置かれている。
 盆の上には、桐壺の嫁雛と、赤い糸を巻かれた白い紙人形が並んでいた。

 幼い形に折られた人形には、赤い糸が幾重にも巻かれている。
 足元は赤土に汚れ、胸のあたりには朱墨で乱れた文字が書き付けられていた。

 ――御子(みこ)(ふう)

 隣で志乃が息を()んだ。

 桐壺は、それを見たくもないというように袖で顔を覆っていた。

 細い肩が(ふる)えている。
 無理もないことだった。
 幼い頃から大事にしてきた嫁雛を、呪いの道具に変えられたのだ。

 その隣では、藤壺が桐壺の前へ半身を寄せていた。
 (かば)うようにも、見せまいとするようにも見える。

 先日まで札の勝敗を巡って牽制し合っていた女たちが、今は一つの傷を囲んでいる。
 その傷の向こうに立たされているのが、またしても文子(あやこ)だった。

 御子(みこ)封じ。

 文子(あやこ)の内側で、その言葉が冷たく形を取った。

 後宮とは、帝妃が住まう場である。
 けれど、それのみではない。

 后妃が皇子(みこ)をお産み申し上げる。
 乳母が抱き、女房たちが寝ずの番をし、乳兄弟が幼い手を支える。
 まだ名も定まらぬ宮たちが、御簾と几帳の奥で守られながら育つ場所でもある。

 華族の姫たちが寵を競い合う場所。
 同時に、次の御代(みよ)を抱き上げる場所。

 だからこそ後宮の奥には、幼い宮のための御座所(おましどころ)が置かれることもある。
 夜燈(やと)もまた、妻を迎えることも(かな)わぬまま、そうした場所の影に身を置かされている一人だったのだと、今になって思い当たった。

 この白い紙人形は、妃の腹のみを呪ったのではない。
 後宮が抱き上げる(はず)だった未来そのものを、赤い糸で縛っている。

 この後宮に、皇子(みこ)は長らく生まれていない。
 弘徽殿にも、藤壺にも、梅壺にも、内親王ばかり。

 桐壺もまた、未だ御子(みこ)には恵まれていない。
 入内(じゅだい)してから今上(きんじょう)の寵を一身に受けていたにもかかわらず。