文子姫の式神婚 〜悪役令嬢の後宮陰陽師は、鬼神の執着から逃げられない〜

「他人事のように仰言(おっしゃ)る」
「昔から俺を皇嗣(こうし)()したい者は居る」

 夜燈(やと)の目が、文子(あやこ)の左手首へ落ちた。
 赤土の苧環(おだまき)で結んだ糸は、今は見えない。
 けれど、肌の奥にはまだ熱がある。

「俺には、悪女が似合う」
「すっかり嫌われ役なのよ」
「誰かに嫌われても、退()かぬ女だ。俺の主には、それくらいで恰度(ちょうど)よい」

 悪女。
 その言葉に、腹が立つ(はず)だった。

 けれど、夜燈(やと)の目には(あざけ)りがなかった。
 清らかな姫を欲しがる目ではない。
 祈りも身も、思うままに扱える巫女を探す目でもない。

「お前が後宮に現れたことで、更に欲の形が変わったんだ」
「……わたくしを鎖にするためですか」
「そうだ」

 あっさり認められて、腹の奥が熱くなる。

「わたくしは、あなたの皇位のために苧環(おだまき)を結んだのではなく……」
「そうだな」
「あなたを(しず)めるとしても、それは式神としての霊威を上げて頂くためです」
「ああ、そうして欲しい」

 夜燈(やと)が身を(かが)め、文子(あやこ)の顔を(のぞ)き込んだ。
 今宵は人の形をしているというのに、近付くほど夜が濃くなる気がするのはどうしてだろうか。

「俺も自分の荒魂(あらたま)を怖れているのだ。手綱を強く保って欲しい。皇位など、欲しいと思ってもおらぬ」
夜燈(やと)さま……それが、真名(まな)ですか?」

 文子(あやこ)は聞いた。
 式神契約には真名(まな)も必要とされる。

「……この名で、あなたを結べるのですか」
文子(あやこ)

 夜燈(やと)が身を(かが)める。
 唇が耳元へ寄る。

 触れてはいない。
 触れてはいないのに、吐息が耳殻(じかく)(ふち)(かす)めた。