イケメン棒読み演劇部員の練習に巻き込まれました

 俺、織宮(おりみや) 皐月(さつき) は今日も放課後に部活動として校門前の掃除をしている。
 春が終わりかけ、夏が始まりそうなこの爽やかな風が吹く季節が好きだ。集めた葉っぱを何処か遠くへ攫ってしまうのは困るけど。
 俺が通っている私立明怜(めいりょう)学院は基本全生徒の部活動加入が必須となっている。
校長先生曰く、「部活動という他学年との関わりや一つのことに取り組んだ経験はこの後の経験に〜」らしい。
 特にやりたい事もなかった俺が加入したのは、「ボランティア部」。
 その名の通りボランティアをする部活動で、主に学校内の清掃や先生のお手伝いなどをしている。
 入部後、一回だけあった春の部活会議で俺の当番は『校門前掃除』に決まったため、今年一年間はこうして週に二回、落ちている葉っぱを箒で集めて綺麗にしなければならない。
 面倒くさいと思うだろ? それが、案外すぐに終わるんだ。
 運の良いことに俺の担当の西門は後者の真裏・生徒もほとんど寄り付かないし、木も一本しか立っていない正真正銘の『裏門』なのだ。
 木一本が落とす葉の量なんてたかが知れているため、毎回十五分程度で掃除が終わってしまう。
 今日もほんのちょっと集めた落ち葉を袋に詰めてゴミ箱に向かおうとしたその時、突然後ろから大きな声が聞こえてきた。


「ワタシノウンメイノアイテハ、アナタダッタノデスネーー!」


――正直ズッコケそうになった。なんだあの棒読みは!?
 あまりに酷いその声に思わず耳をふさぐ。しかしそんな努力も虚しく、指の隙間を通り抜けて次々と台詞が耳に入ってくる。
「モウゼッタイ、ハナサナイ!」
「ワタシト、ケッコンシヨウ!」
 酷い、とにかく酷い。
 大きな声を出そうとして抑揚は変になっているし、というかそもそも感情も全く乗っていないし。腹からではなく喉から声を出しているため折角頑張って出した大声も聞き苦しくなっている。
 誰がこんなことをしているんだと声が聞こえた屋上の方向を見上げるも、丁度逆光になっていて見えない。
 
 ちょっとした興味本位だった。いつもなら絶対にスルーするのに、今日は何故か無性に気になったのだ。
 俺の耳を壊してくれたお礼という名の文句を言いに行こうと、俺は意気揚々と屋上へ向かった。

 一段ずつゆっくりと階段を登っていく。屋上に近づくにつれ、棒読み演技の声量も大きくなっていった。
 何度か引き返そうとは思った。
 なにか面倒くさいことに巻き込まれそうな、そんな嫌な予感がしたから。でも、自分は思っていたよりも謎の人物に興味津々らしい。
 結局最後の階段を登り終え、屋上の扉の前まで来てしまった。
 冷たい銀の取っ手を持ち、一瞬迷った後、一気にそれを回す。
 ガチャリと音を立てて扉を開けると、屋上にいた謎の人物も驚いたようにこちらを振り向いた。
「え!? 織宮?」
「……桐崎(きりさき)?」
 そこに居たのは、クラスメイトの桐崎(きりさき)(つかさ)だった。

***

 桐崎は台本らしき物を手に持ったままこちらを凝視している。
「な、なんで織宮が!?」
「いや、ひっっっどい棒読みが聞こえたからどんな奴か気になって見に来た。まさか桐崎だとは思わなかったけど」
 ドラマのワンシーンのようにビシッと指を差してそう聞いてきた桐崎に本音をそのままぶち撒けると、桐崎は慌てたように「そんな酷くはなかっただろ!」と言ってきた。いや? めちゃくちゃ酷かったけど?
「西門の掃除してた俺のところまで聞こえてた」
「っ……なら、大きな声は出せてたんだな!」
「ああ、ひっっっどい棒読みの声が丸聞こえだったよ。お陰で耳が壊れるかと思った」
 大きな声を出せていたと知り喜んだ桐崎は、その後に続いた俺の言葉を聞いて一瞬むっと眉を寄せたものの、すぐに真剣な表情で
「どこがそんなに酷かった?」
 と聞いてきた。そうやって意見を素直に聞いてくる所は、嫌いじゃない。
「正直に言っちゃっていいの?」
「ああ、素直な感想が知りたい!」
 なら、遠慮なく。俺はすうっと息を吸い込み、思っていたことを一気に吐き出した。

「まず大前提演技が酷い。何? あの棒読み演技。てか本当に演技する気あった? あれじゃただ大声出しただけだからね? あと声も酷い。とりあえず大声出しとけばいいわけじゃないから。確かに声は出てたけど、喉から出してるから聞き苦しすぎ。誰もあんなの聞きたくないから。あと演技が酷い。とにかく演技が酷い。本当に演技が酷い」

 俺の言葉を桐崎は黙って、どこか悔しそうに聞いていた。
「まずは自分の声を動画とか録音で聞いてみたら? そしたら自分の演技の酷さが少しでも――」
 わかるだろ、と続けようとしたが出来なかった。急に桐崎に両手を掴まれたからだ。
 キラキラと輝くその瞳に、嫌な予感しかなかった。
「織宮、詳しいな! いやぁ、助かったよ! 俺の出来てないところがよくわかった!」
 彼は俺の両手を握る力が強くなり、瞳が更に輝く。
――やめろ、もう何も言うな。面倒事には巻き込まれたくないんだ……!
 しかし、俺の願いは叶わず、桐崎は俺の予想通りの言葉を発した。

「俺の演技の練習を手伝ってくれ!」
「絶対いや!」

 即答で断られたことに桐崎は少し驚いていた。
――演技の練習だって? 冗談じゃない。
 というか……
「演技の練習なら、俺じゃなくて演劇部の奴らに手伝ってもらえよ!」
 俺なんかより、部活の仲間――きちんと演技を学んでいる人に聞いたほうが絶対良いだろう。なんでわざわざ俺に頼むんだよ。俺は全力でそのお願いを断った。
 しかし、桐崎は俺がどれだけ拒否しようが全く引かなかった。
「ボランティア部だろ? 俺の練習のボランティアしてくれよー!」
「だから絶対いやだってば!」
 そこまでして俺に頼んでくる理由がわからない。少しアドバイスしただけなのに、なんでこうなるんだよ……!?
 
 逃げようと階段に繋がる取っ手を掴むと、後ろからドンッと扉に手を置かれた。
 俗に言う『壁ドン』というやつだ。
 両手で取っ手を掴んで引っ張ってるのに、桐崎の右手で押さえつけられて扉が全く開かない。
 (クソ、どんだけ力強いんだよっ……!?)
「桐崎、離せよ!」
「俺、夏の公演で主役取りたいんだ」
「……ん?」
 突然降ってきた嘘みたいな台詞に、思わず振り返る。

 この学院では、一年に二回演劇部による発表が行われる(らしい)。
 それが『夏公演』と『冬公演』。
 夏公演は引退前の三年生が、冬公演は二年生が中心になると聞いたことがあるが……。
「お前……一年で夏公演主役とか、本気か?」
「本気、大マジ」
「まじか」
 俺の呆れた目なんて目もくれず、桐崎はドンと自分の胸を叩いた。
「なんてったって、俺は未来の超人気俳優だからな!」
 ……あぁ、なんか自己紹介の時言ってたっけ。

 桜が舞う入学式の日
 クラスの自己紹介の際、 
「将来の夢は、俳優になることです!」
 なんて自信満々に言っていた彼を、ぼーっと後ろの席から眺めていた。
 桐崎はイケメンだ。
 吸い込まれそうな黒い目は大きくキリっとしていて、鼻筋も通っているし、口の形も綺麗で、髪もツヤツヤ。身長も高いしスタイルも良い。
 (こいつなら、なれるだろうな)
 なんて漠然と思ったものだ。
 
 ――こんなに演技下手くそだとは思わなかったけどな!

 ふぅとため息を吐き目線を上にすると、桐崎は未だに壁ドンをして俺を見下ろしていた。
「周りの部員は全員ライバルなんだ、頼ることなんてできない。……なあ、頼むよ」
 まるで捨てられた子犬のような目で見つめてくる彼に、思わず「ゔっ」と声が漏れる。
 やめろ、そんな悲しそうな目で見るなよ。だんだん垂れ下がった耳まで見えてきた。
「それにさ、織宮にも得あるし――」
「ねぇよ!」
「あるよ! ボランティア部として俺の練習に付き合って、もし俺が本当に夏公演の主演を取ったら……」
「……活動が認められて、内申が貰える?」
「ピンポーン」
「…………」
 バッチンとウインクを決めてきた桐崎にムカついて脛を思いっきり蹴る。
「いってぇ!?」
「ごめん、足当たった」
「当ててただろ絶対!」
 足を抱えてうずくまっている桐崎に、さてどうしようか迷う。
 今なら扉を開けれる、逃げられる。
 でも――。

「いいよ」
「え」
「練習、付き合ってやるよ」
「マジ!? いいのか!?」
「うるせぇ」
 大声で聞いてくる桐崎を睨みながら耳を塞ぐ。
 コイツ、本当に声デカいな。いいもなにも、そう言ってるじゃないか。
 驚いてこちらに身を乗り出してくる桐崎を適当にあしらう。
 もういい、諦めた。ここで了承しないと後々面倒くさそうだ。
 それに、純粋に夢のために頑張る桐崎が眩しく見えたから。ちょっとだけ手伝ってやろう……なんて。絶対言ってやらないけど。
 
「これで夏公演主演取れなくても、俺を恨むんじゃねぇぞ」
「んなことしねえよ」
 よろしくなと眩しい笑顔で差し伸べられた手を、俺は渋々掴んだ。
 
――あ〜あ、やっぱり興味本位なんかで来るんじゃなかった。