朱籬姫の嫁入り 〜売られた花魁は、大妖狐の番として囲われる〜

 (ねえ)さまたちの個室は二階にあった。
 禿(かむろ)たちは、さらに奥のどん詰まり、行燈(あんどん)部屋の手前にある大部屋で雑魚寝だった。

 どの部屋も、外へ出るには遠い。
 けれど、(あて)がわれた禿(かむろ)を手元へ置き、用を言いつけるには恰度(ちょうど)よい。
 逃げにくく、使いやすい、工夫された配置だった。

 梯子段(はしごだん)を降りるすぐ手前には、遣り手婆の部屋がある。
 (ふすま)一枚隔てた向こうで、誰が上がり、誰が降りるか、婆は音だけで聞き分けていた。

 用向きがあっても、勝手に外には行けない。
 時折(ときおり)梯子(はしご)そのものが外されている。

 幸い、その日は梯子(はしご)が掛けられていた。

 深朱(みあけ)は引付座敷の前を通り過ぎ、二階廻しの横をすり抜ける。
 昼客の笑いと三味線の端唄(はうた)を背に、奥の梯子段(はしごだん)へ足をかけた。

 下へ降りるにつれ、(めし)()きの湯気と、湿気を吸った板間の匂いが濃くなる。
 外の若衆(わかいし)小屋の脇を抜ける。

 (いや)だったが、深朱(みあけ)は奥帳場へ向かった。

 番頭新造(しんぞう)は、帳面に覆い被さるようにして算盤を弾いていた。
 深朱(みあけ)は頭を下げ、握っていた銭を差し出す。

 米も味噌も薪も布海苔(ふのり)も、見世に出入りするものは、みな帳面に載る。
 その帳面を握っているのが、この女だった。

 (めし)()(おんな)に直接頼めば、後で代わりに叱られて(しま)うだろう。
 自分のことではない。
 それでも、誰かが自分の代わりに責められるのは堪忍ならなかった。

「洗い張りに使うだんす」

 ちっ、と、()ずは短い舌打ちが返ってきた。

 番頭新造(しんぞう)は、帳面から目も上げない。
 忙しいところを邪魔されたのが、手に取るように判る顔だった。

「なら、早くおし。あんたらみたいに暇じゃァないんだよ」

 そう言うなり、番頭新造(しんぞう)は立ち上がった。
 帳面を小脇に抱えたまま、さっさと先へ歩き出す。

 深朱(みあけ)は小走りについて行った。
 土間では飯炊き女が、味噌桶の蓋をずらしている。

「洗い張りの布海苔(ふのり)だよ! 帳面にはもう付けといたさァ。余計に出すんじゃァないよ!」

 番頭新造(しんぞう)はそれ(だけ)言うと、深朱(みあけ)へ布海苔の包みを押しつけた。
 眉間には、終始深い皺が寄っている。

 手の内で、湿った包みがぬめった。
 指先にまとわりつく感触を、気味悪がってはならない。
 そういう顔をすれば、また田舎者と(わら)われる。

 深朱(みあけ)は、冷めた目でその背を見送った。

 番頭新造(しんぞう)は、売れっ子になれなかった。
 客のつかぬ夜を重ね、お茶を引き、やがて帳面の傍へ回されたはみ出し者だ。

 だから外連味(けれんみ)が強く卑しいのか、性根が元より卑しいから裏方へ回されたのかは判らない。

 ただ、板の間稼ぎをしながら、他人(ひと)の失敗を見つける目(だけ)は、(いや)に鋭い。
 売れっ子の花魁(おいらん)が客の欲と懐具合を見抜くよりも、ずっと早く、ずっと残酷だった。