朱籬姫の嫁入り 〜売られた花魁は、大妖狐の番として囲われる〜

 二階にある紅扇(ねえ)さまの部屋には、外へ向いた窓に細い格子が()められていた。
 そこで深朱(みあけ)は、いつも(かんざし)煙管(きせる)を磨かされた。

 何しろ(ねえ)さまの使うものは、銀流(ぎんなが)しなどという粗悪品とは(わけ)が違う。
 本物の銀やべっ甲の飾りには手油がつき、長い煙管(きせる)の雁首には煤が残るのだ。

 すぐ脇に紅扇(ねえ)さまは鏡台の前で片膝を崩し、素足を裾から投げ出すようにして座っている。
 猩々緋(しょうじょうひ)襦袢(じゅばん)が畳へ流れ、白い足の甲(だけ)が灯りに浮く。
 客前の張りつめた姿とは違う、しどけない座り方だった。
 また、それさえも濃艶だ。

 深朱(みあけ)端切(はぎ)れを当て始めると、紅扇(ねえ)さまは鏡の前で襟を抜いた。
 肌脱ぎになり、首筋へ練胡粉(おしろい)()いている。

 刷毛の跡が、白い肌へ細く重なった。
 (うなじ)の際だけ、地の肌の色が筋のように残る。
 それが(かえ)って生々しかった。

「その目で人を見上げるのはおよし。真向かいから受けるのもいけんせん。憐れまれる女は安く買われるだんす」

 深朱(みあけ)周章(あわ)てて目を伏せた。
 見惚れていたことまで言い当てられたようで、頬の奥が熱くなる。

 紅扇(ねえ)さまは、鏡の中で薄く笑った。

「伏せすぎてもおかしいよ。丸きり盗人(ぬすっと)だんす」

 深朱(みあけ)は、眼の置き場を失った。

「……済みません、です」
「見るでもなく()らすでもなく。眼の遣い方を覚えなんし」

 紅扇(ねえ)さまの言葉には、いつも棘がある。
 厭味(いやみ)(たま)さかあるが、他の大人よりはましだ。

 綺麗だと誰からも言われるこの眼を、どう使えば値になるのか。
 (ねえ)さまは実際に見せて()れる。

「そうそう、布海苔(ふのり)鬼灯(ほおずき)の根を都合して来て()れたら、お菓子をあげるだんす」
布海苔(ふのり)って、海藻?」
「そうでありんす。洗い張りにも使うものだから(めし)()(おんな)も怪しまないだんす。五月蠅(うるさ)く言うようなら、金子(きんす)を握らせなんし」

 (ねえ)さまは、何でもないことのように言った。
 けれど差し出されたお(ぜぜ)は、深朱(みあけ)(てのひら)の中でやけに重かった。

「うまくやれたら残りはあげるだんす。西河岸(かし)の立ち食い露店を(のぞ)くのは楽しかろ。二八蕎麦(そば)でも菓子でも好きに買いなんし」

 菓子を買う銭より、たっぷり多い。
 小さな(てのひら)には、余るほどの重さだった。

 けれど、嬉しくはなかった。
 この銭には、甘い匂いなどしない。
 (ねえ)さまが身体を売って、笑って、客の手を受け入れて得た銭だ。

 幼い深朱(みあけ)にも、それだけは判る。
 なのに(ねえ)さまは、まるで(かんざし)を一本渡すような顔をしていた。

鬼灯(ほおずき)の根っこはその西河岸(かし)に来る草売りからお買いなんし。橙色の袋がついている、あれだんす」
鬼灯(ほおずき)も洗い張りに使うの?」

 そう(たず)ねると、紅扇(ねえ)さまは笑った。
 いつものように綺麗な笑みだったのに、どこかでひやりとする。

「深くは聞かないことだんす。賢く持って来られる子が生き残れるだんす」

 菓子に釣られたのに、深朱(みあけ)の指先はいつの間にか帯の端を握り込んでいた。
 何か、いけないものを頼まれている。
 そう判っても、断れる境遇ではなかった。