「命あっての物種だ。これから女たちを安く使えば物の怪を生み、結局また身を削らせることになる。……飯も芸も、正しく高く取れ。その代わり、人間と妖の共棲の世に、私の身も守ってもらう」
三津田は、そこまで見越しているのだ。
女を使い潰す商いは、安く見えて高くつく。
恨みは溜まり、物の怪を呼び、いずれ店も客も巻き込む。
ならば始めから高く扱い、高く売り、長く稼がせる方がよい。
「武人は相身互い、商人もまた同じことさ。低級な妖どもが何をしてくるか判らんからな。その代わり、私は庇護者となる。そちらは橋となる。互いに利のある話だ」
珠璃は黙った。
廓で高い値を付けられることは、より高価な鎖に縛られることだった。
けれど、無邪気な幼少期を犠牲に身に付けた芸に値を付けることまで恐れていては、また女たちが苦しくなる。
修練を重ねて覚えた立役の所作や舞や小唄に、商品になるだけの十分な価値がないとは、絶対に言わせない。
身体を売らせない街にする。
ならば、芸と時間と技術に、正しい値を付けさせなければならない。
水揚げを逃したからと言って三津田は、そこに頓着する男ではなかった。
惜しいと笑い、次にもっと大きな流れがあると見れば、迷わずそちらへ金を投じる。
根っからの商売人なのだ。
三津田は楽しそうに微笑んだ。
「水揚げを逃したからこそ、見えるものもある。あの時、私が買おうとしたのは、ただの遊女との一夜と後見だった。今、私が買いたいのは、お前と、この先数十年の流れだ」
「数十年……」
「十年あれば、街の名は変わる。客も変わる。芸妓も育つ。人間と妖の間に新しい商いも生まれる。危ういが、先に場所を押さえた者が勝つ」
その目は、全く笑っていなかった。
莫大な財産を築いた者の、鋭い観察眼だった。
「ただの慈善などではない。私は儲ける気で出資する。そして、この花街の流れを押さえる」
「牛耳る、とおっしゃるの」
「まあ、有体に言えば、そうだな。……この色街を失くすのは惜しいのだ。金持ちの道楽者が集い、社交場になっていて儲け話も転がっているのだよ。これほど文化が濃く凝縮された街は他に類を見ない」
三津田は笑っている。
けれど、その笑みはもう遊客のものではなかった。
「私は、この街が欲しい。だが潰してまで奪う心算はない。潰せば価値がなくなる。私が前に出るのも違う。朱璃新地は、お前が前に立ってこそ値が出る」
値。
嫌な言葉のはずだった。
けれど今、その言葉は少し違って聞こえた。
珠璃一人の、身体の自由と未来へ付けられる値ではない。
芸へ。店へ。女たちが自分の足で生きるための仕組みへ。
三津田はそこへ値を見、双方に分がある利益の話をしている。
「わたしを看板にするお心で?」
「当然。新しいものはどんなときでも耳目を攫う。凡百に塗れるより、儲けたければ目立つことだ、深朱よ」
三津田は悪びれずに言った。
「妖狐の番となった女が、かつての廓を芸妓の街へ変える。これほど強い看板はない」
珠璃は、椀の湯気を見た。
奥では、稽古帰りの娘たちが握り飯を頬張っている。
誰かが三味線の爪を大事そうに包み、誰かが明日の舞の順を確かめている。
田舎の親元では、どれだけ腹を空かせても黙る外なかった娘たちだ。
耕す畑を持たない生まれには、余りにも不遇な現世だ。
否、土地持ちであろうと旱魃や虫害の年には、娘は真っ先に売られる。
この灯りを掲げ、広げてゆくには、珠璃と九郎助だけでは足りない。
人間の老獪な政治力も必要とされる。
三津田は、そこまで見越しているのだ。
女を使い潰す商いは、安く見えて高くつく。
恨みは溜まり、物の怪を呼び、いずれ店も客も巻き込む。
ならば始めから高く扱い、高く売り、長く稼がせる方がよい。
「武人は相身互い、商人もまた同じことさ。低級な妖どもが何をしてくるか判らんからな。その代わり、私は庇護者となる。そちらは橋となる。互いに利のある話だ」
珠璃は黙った。
廓で高い値を付けられることは、より高価な鎖に縛られることだった。
けれど、無邪気な幼少期を犠牲に身に付けた芸に値を付けることまで恐れていては、また女たちが苦しくなる。
修練を重ねて覚えた立役の所作や舞や小唄に、商品になるだけの十分な価値がないとは、絶対に言わせない。
身体を売らせない街にする。
ならば、芸と時間と技術に、正しい値を付けさせなければならない。
水揚げを逃したからと言って三津田は、そこに頓着する男ではなかった。
惜しいと笑い、次にもっと大きな流れがあると見れば、迷わずそちらへ金を投じる。
根っからの商売人なのだ。
三津田は楽しそうに微笑んだ。
「水揚げを逃したからこそ、見えるものもある。あの時、私が買おうとしたのは、ただの遊女との一夜と後見だった。今、私が買いたいのは、お前と、この先数十年の流れだ」
「数十年……」
「十年あれば、街の名は変わる。客も変わる。芸妓も育つ。人間と妖の間に新しい商いも生まれる。危ういが、先に場所を押さえた者が勝つ」
その目は、全く笑っていなかった。
莫大な財産を築いた者の、鋭い観察眼だった。
「ただの慈善などではない。私は儲ける気で出資する。そして、この花街の流れを押さえる」
「牛耳る、とおっしゃるの」
「まあ、有体に言えば、そうだな。……この色街を失くすのは惜しいのだ。金持ちの道楽者が集い、社交場になっていて儲け話も転がっているのだよ。これほど文化が濃く凝縮された街は他に類を見ない」
三津田は笑っている。
けれど、その笑みはもう遊客のものではなかった。
「私は、この街が欲しい。だが潰してまで奪う心算はない。潰せば価値がなくなる。私が前に出るのも違う。朱璃新地は、お前が前に立ってこそ値が出る」
値。
嫌な言葉のはずだった。
けれど今、その言葉は少し違って聞こえた。
珠璃一人の、身体の自由と未来へ付けられる値ではない。
芸へ。店へ。女たちが自分の足で生きるための仕組みへ。
三津田はそこへ値を見、双方に分がある利益の話をしている。
「わたしを看板にするお心で?」
「当然。新しいものはどんなときでも耳目を攫う。凡百に塗れるより、儲けたければ目立つことだ、深朱よ」
三津田は悪びれずに言った。
「妖狐の番となった女が、かつての廓を芸妓の街へ変える。これほど強い看板はない」
珠璃は、椀の湯気を見た。
奥では、稽古帰りの娘たちが握り飯を頬張っている。
誰かが三味線の爪を大事そうに包み、誰かが明日の舞の順を確かめている。
田舎の親元では、どれだけ腹を空かせても黙る外なかった娘たちだ。
耕す畑を持たない生まれには、余りにも不遇な現世だ。
否、土地持ちであろうと旱魃や虫害の年には、娘は真っ先に売られる。
この灯りを掲げ、広げてゆくには、珠璃と九郎助だけでは足りない。
人間の老獪な政治力も必要とされる。



