朱籬姫の嫁入り 〜売られた花魁は、大妖狐の番として囲われる〜

「手生けの花になったんだって? 新しい時代にお互いに唯一無二の結びを得た。それほど先進的な二人であろう」
「……」

 手生けの花。
 男が己の手で見出し、育てて咲かせ、他の客には指一本触れさせず、見せるだけ見せて囲い込んだ芸妓。
 花柳(かりゅう)界など、こうした色街界隈(かいわい)の古い言葉ではそう呼ばれるものに、いつの間にか珠璃(しゅり)はなっていた。
 つまり家や血筋や置屋などに据えられた婚姻ではなく、自らで選んだ結びだと言いたいらしい。

「まあ、まだこれからの二人であろうが、近頃珍しい、(いき)で見上げた旦那道だねえ」
「……それで、三津田さまは何をなさりに?」
「出資だ。私はもう仕舞屋(しもたや)で金貸ししかしない。滅多に口も出さないよ」

 自分から(たず)ねたこととはいえ、いきなり金の話になり、珠璃(しゅり)は身構えた。

「まずは、この小料理屋を広げる。芸妓衆が客を連れて来ても恥ずかしくない店にする。昼は稽古帰りの娘が飯を食える。夜は座敷帰りの客が、芸の話をしながら酒を飲める。もちろん、女に手を出す場所ではなくなる」
「……そんなに都合よく女たちを守れましょうか」
「無論、守るさ。死に物狂いでな」

 三津田は箸を置いた。

「物の()に堕ちる者が増えれば、いずれ人間(ひと)の側も脅かされる。私の目が黒いうちは、女を食い物にするような愚かな真似は(まか)り通らせん」

 それは情や道理ではない、損得だった。
 けれど、損得であるからこそ揺らがぬものもある。

 三津田は、女を守るために立つのではない。
 自分の財と身を守るために立つ。
 そして、購買人である、種族としての人間を守るために死に物狂いになる。
 その必要性を一度認めれば、金も顔も容赦なく使う種類の男だった。

「旨い小料理屋一つで終わらせる気はない。この仕法は、他にも()かせられる。仕入れは(あやかし)の里からなのだろう。目の付け所が時流に乗った最先端だ。それこそ私の求めているところだ。……まずはここを本店にする」
「本店……」
「そうだ。いずれは暖簾(のれん)を分ける。深朱(みあけ)の名で旅館を出す。料亭も出す。芸妓を呼べる、人間(ひと)(あやかし)も泊まれる峠の安全な温泉割烹(かっぽう)旅館。(あやかし)類稀(たぐいまれ)な生産物はどれも人間(ひと)にも喜ばれ、(ぜに)になる」

 小料理屋だけでも、まだ始まったばかりだ。
 それなのに三津田の目には、もう幾つもの街が見えているらしい。

 珠璃(しゅり)は息を呑んだ。

「もちろん、無料(ただ)で屋号と芸妓を貸すことはせん。仕組みにするのだよ」
「仕組み……」
「花代は安くするな。(くるわ)も色街全体で、抜けられぬ強固な仕組みを作り上げていただろう。同じことだ」

 その一言は、特に重かった。
 朱籬廓(しゅりかく)は、一軒の妓楼(ぎろう)だけで成り立っていたわけではない。
 大門(おおもん)があり、細かく(まがき)があり、引手(ひきて)茶屋(ぢゃや)があり、(あげ)屋があり、若衆(わかしゅ)がいて、女衒(ぜげん)や船漕ぎがいて、髪結いも仕立屋も小間物屋も医者も草売りも、その周りで飯を食っていた。
 女一人にぶら下がって、街全体を意図的に噛み合わせ、その裏ではすべてが遊女の借りになり、遊女の足首へ見えない鎖を足していった。
 改めてそう指摘されると、珠璃(しゅり)は息が詰まった。
 自分の生まれた境遇の不運だと思っていたものに、誰かの意図的な設計があったのだ。