朱籬姫の嫁入り 〜売られた花魁は、大妖狐の番として囲われる〜

 朱璃新地(しゅりしんち)の中央に(まつ)られた榎本吉徳稲荷へ着く頃には、葛葉(くずは)もすでに到着していたものと見え、鳥居の下で一同を待っていた。

 小さな(やしろ)である。
 だが、奇妙に大きく見えた。
 朱の鳥居は地に深く根を張り、石畳の下へ沈んだ土の気を確かに抱えている。
 この頃、珠璃(しゅり)にも気の巡りが感じられるようになってきていた。

 九郎助(くろすけ)の狐火が金に燃える。
 (らん)の赤い火が、袖口から尾を引く。
 葛葉(くずは)は鳥居の内側に立ち、金の眼で大華通(たいかどおり)を見据えていた。

「これで、五行の(はず)じゃ」

 葛葉(くずは)が言った。

 木。火。土。金。水。
 珠璃(しゅり)には、その(ことわり)がまだすべて判っているわけではない。
 けれど(やしろ)の土を踏んだ瞬間、逃げ続けていた足の裏に、太い木の根のような力が絡み付いた。

 怖いものではない。
 引き止められるのではなく、支えられる。
 土の底から木が水を吸い上げるように、震えていた身体の内へ、土の(やしろ)の気がゆっくり満ちていく。

 ここで迎え撃つ。
 ここで、止める。

 大華通(たいかどおり)の向こうから、物の()が追いついて来ていた。
 帳面を腹に下げ、濡れた裾を引きずってまっすぐ進んでくる。

 石畳に墨が落ちる。
 一滴ごとに、古い数字が浮かび、遊女の名がいくつも(にじ)み、すぐ黒く潰れた。

 ――と、同時に。
 その背後に、もう一つ、影があった。

 橋姫(はしひめ)だ。
 大華通(たいかどおり)の灯を受けて、濡れた白い衣が揺れている。
 髪は水草のように長く、足もとは石畳を踏んでいるはずなのに、そこだけ水面の上を滑っているように見えた。

橋姫(はしひめ)……」

 名が、珠璃(しゅり)の唇から落ちた。

 九郎助(くろすけ)の金の眼が暗闇に浮かび上がる。
 (らん)(てのひら)の火が、ぼう、と赤く膨らんだ。

 橋姫(はしひめ)は、物の()のあとを追っていた。
 助けに来たのか。
 それとも、あれを奪いに来たのか。
 あるいは、珠璃(しゅり)たちごと水底へ引く腹づもりなのか。

 判らない。
 けれど(ひと)つ、判ることがあった。

 五行は揃った。
 その水が、弁才天の清い水なのか、橋姫(はしひめ)の妬みを帯びた水なのかは判らないが――。

 しかし近付くにつれ、珠璃(しゅり)には、橋姫(はしひめ)に紅扇(ねえ)さまの面影があるように思われて来ていた。