朱籬姫の嫁入り 〜売られた花魁は、大妖狐の番として囲われる〜

 きっと長い間、待っていたのだろう。
 冬は妖狐の繁殖期でもある、と後から聞いた。

「俺は人間の女の扱いを知らない」

 ぶっきらぼうな言い方だった。

「痛かったら、堪忍してくれ」

 珠璃(しゅり)は差し出されたその手に、ごく自然に自分の手を重ねる。

 触れた瞬間、手首に宿っていた狐火が、ふっと尾を引いた。
 金の火は珠璃(しゅり)の肌を這い、脈を伝い、腕の内側を昇っていく。

 熱いのに痛くない。焼かれているのではない。
 内側から、珠璃(しゅり)の身体の形を照らされているようだった。

 九郎助(くろすけ)の金が部屋の隅々まで伸びる。
 畳の目や、柱の木肌にまでも。

 草庵の外で、銀杏の枝が鳴る。
 まだ冬の名残を抱く枝先に、見えない芽が息をする。

 木の気が、遠くから応えたのだと判った。
 九郎助稲荷の古い銀杏。葭海(よしうみ)の水際に群れる葦。

 珠璃(しゅり)は、(みつ)められていることに気付いた。
 途端に目蓋(まぶた)が熱くなる。

 狐火が消えると、あとはもう、甘く濃い、冬の闇が残る(ばか)り――

 自分はもう(くるわ)の花ではない。
 売られるために咲かされたものでもない。
 自分で道を選んでいる娘なのだ。



 九郎助(くろすけ)の気を受けるたび、珠璃(しゅり)(ひとみ)には、人間(ひと)ならぬ光が宿っていった。

 それは、ただ明るくなるのではなかった。
 夜の海底へ沈めた石が長い歳月を経て、磨かれた玉へと変わるように、黒の奥に紅い艶と色が育っていくのだ。

 (のぞ)き込めば吸い込まれそうに深く、灯りを受ければ金剛石(こんごうせき)の断面めいて鋭く光が返る。
 もはや、(くるわ)の灯の下で客を誘うためきりの(ひとみ)ではなかった。

 五行の金を司る葛葉(くずは)は、それを宝石眼(ほうせきがん)と呼んだ。

 人間(ひと)の娘が(あやかし)へ近付き、その気を受け入れ始めた印。
 半()(よう)の暗い艶めきを帯び、美しいものであるほど、完全に人間(ひと)へは戻れない。

 ――少しずつ、兄さまに見初(みそ)められた娘らしい眼になってきたのう。

 そう言って、葛葉(くずは)は上機嫌に笑った。