朱籬姫の嫁入り 〜売られた花魁は、大妖狐の番として囲われる〜

「では、わしから話そう」

 葛葉(くずは)が、口を開いた。

 兄の口から語らせれば、きっと余計なものまで削ぎ落とす。
 怖がらせまいとして、痛むところまで隠してしまう。

 そう腹を(くく)った顔だった。

「長くはするな」

 九郎助(くろすけ)も、否とは言わなかった。

「するものか。……だが、何も知らぬまま(ちぎ)らせれば、それこそ兄さまの嫌う(くびき)になる」

 葛葉(くずは)(ひざ)を進め、炉の灰の上に火箸で丸を描いた。

 そこから五つの線を引く。
 木、火、土、金、水。
 珠璃(しゅり)には、まだその字の重さがよく判らない。

 けれど炉の赤に照らされた五つの線は、ただの印ではなく、命を繋ぐ細い橋のように見えた。

「あの朱籬廓(しゅりかく)では、お前のような半()(ほとん)どであろう。今は餌に群がって足を止めているが、呑み込むたび、あの物の()は力を増していく」

 (くるわ)にいた頃も、いつも誰かの目に(さら)されていた。
 値踏みされ、呼ばれ、選ばれる。
 だから選ばれることは自由を失うことだった。
 そこから逃げて来たはずなのに、今度は人間(ひと)ではないものにまで見つけられる。

「五行が(そろ)わねば、闇の深いものは調伏(ちょうぶく)できぬ」

 葛葉(くずは)が続けた。
 童女の顔をしているのに、その言葉だけは古い(やしろ)の石段のように冷えていた。

「今の兄さま一人では、焼けても(はら)い切れぬ」
「判っている」

 九郎助(くろすけ)の横顔が、灯りを受けて彫りの深い影をつくった。
 判っていて、なお退()かない顔だった。

 火で焼けるものなら焼く。
 爪で裂けるものなら裂く。
 けれど、それでは届かぬ闇がある。
 妖力の限りを、誰よりも、この人自身が知っている。

 それでも珠璃(しゅり)を差し出す心算(つもり)はない。
 そう言われたわけではないのに、灯りの中の横顔から、それは判った。

「木は俺が受け持つ。金は白狐(びゃっこ)葛葉(くずは)だ。――だが、あと火、水、土が要る」

 五行。
 五つのお(やしろ)
 珠璃の中で、紅扇姐さまと巡った社が一つずつ浮かぶ。

 九郎助の木。
 明石の火。
 榎本吉徳の土。
 開運の金。
 弁才天の水。

「火は、赤猫お蘭という知り合いがいる」

 九郎助(くろすけ)には当てがあるようだ。

 火。
 その一字に、炉の炭が赤く息をした。
 珠璃(しゅり)には、五行の(ことわり)などまだ(つか)めない。

 けれど、九郎助(くろすけ)の口ぶりで判る。

 これは(あやかし)どもが昔話のように語る力の名ではない。
 これから(あやかし)人間(ひと)も本当に集めなければならない、命綱の数(・・・・)なのだ。

「土は、もう人間(ひと)土御門(つちみかど)の一門のみじゃ。――(あやかし)すべてを統べる王は、係争により失われた」

 葛葉(くずは)(あご)に指を添えた。
 童女めいた仕草なのに、発言は重い。

 土。
 それは地面を指すのみではないのだろう。
 中央に座し、四方を鎮め、散り散りになろうとするものを一つに留める、陸続きの大地の力。
 その役目を負っていた(あやかし)の王が、もう居ないという。

「商才を持つ東宮(とうぐう)妃を迎えて、千載一遇(せんさいいちぐう)、このほど土御門(つちみかど)一門の妖力は高まっておる。朱籬廓(しゅりかく)も都の一部なれば、なんとか筋はつく(はず)じゃ」