朱籬姫の嫁入り 〜売られた花魁は、大妖狐の番として囲われる〜

(あに)さま。珠璃(しゅり)との(ちぎ)りが済んだなら、次じゃ」

 九郎助(くろすけ)珠璃(しゅり)の手首から指を離した。

「里に狐火を置く」
「大結界ほどにはならぬが、無いよりましじゃ。人間(ひと)の目も、野狐(やこ)の鼻も、物の()の手も、幾らかは迷わせられる」

 葛葉(くずは)は当然のように言って、硝子(ガラス)壺を一つ、九郎助(くろすけ)へ放った。
 受け取った九郎助(くろすけ)(てのひら)で、青い狐火が金に返る。

珠璃(しゅり)も来るか? 結んだばかりの(えにし)を、里へ馴染ませる」

 三人は庭へ出た。

 夜明け前の霧が薄く残り、濡れた土の匂いがする。
 葦原(あしはら)の向こうには、かつて見えなかった(はず)の人道が細く(しろ)んでいた。

 その道へ向けて、葛葉(くずは)が狐火の壺を掲げる。

()ずは東。木の端」
「次に南、火の口」
「西は金の蔵。北は水門。中央は草庵」

 二人のやり取りに無駄はなかった。

 九郎助(くろすけ)が火を放つと、金の玉が地を走った。
 屋敷の軒、井戸の縁、木戸の柱、(あし)の橋のたもとへ、次々と宿っていく。

 置かれた狐火は、見えぬ獣が丸く(うずくま)ったように、その場を抱いた。

 珠璃(しゅり)九郎助(くろすけ)の後ろを歩いた。
 狐火が一つ置かれるたび、手首の火も小さく応じる。
 結ばれた糸が、里のあちらこちらへ伸びていくようだった。

 葛葉(くずは)は石組みの井戸と、傍らに立つ(えのき)の根元との間を手で示した。

珠璃(しゅり)。そこへ立て」
「はい」
「そなたが目印じゃ」

 珠璃(しゅり)は言われた場所へ立った。
 九郎助(くろすけ)が手首の狐火へ指をかざす。

「痛ければ言え」
「……はい」

 狐火の尾がほどけ、細い金の筋となって地へ落ちた。
 土の上を這い、井戸の石へ触れ、ふわりと立ち上がる。

 次の瞬間、井戸の周りに淡い火の輪ができた。

「上出来じゃ」

 葛葉(くずは)が満足そうに(うなず)く。
 九郎助(くろすけ)珠璃(しゅり)を見た。

「驚いたか」
「……少し」

 正直に答えると、九郎助(くろすけ)の金の眼がやや(ゆる)んだ。

「少しならよい。怖れろ。何も怖がらぬ者は、すぐ喰われてしまう」

 そう言って、九郎助(くろすけ)は最後の狐火を草庵へ放った。
 金の火が屋根を走り、里全体を薄い輪で包む。

 珠璃(しゅり)の手首の狐火が、里と同じ色で揺れていた。