朱籬姫の嫁入り 〜売られた花魁は、大妖狐の番として囲われる〜

 結界の破れた、その夜。

 硝子(ガラス)壺の中で青くなった狐火は、日が落ちても金へ戻らぬままだった。
 壁に掛けられた火。炉端に置かれた火。軒先を照らす火。
 そのどれもが、息を潜めた獣の眼のように青白く揺れている。

 団吾(だんご)が心を尽くした膳を前にしても、誰の箸も進まなかった。

 炊きたての米の匂い。
 湯気の立つ椀。
 甘辛く煮含めた卵入り油揚げの袋煮。

 好物が並んでいるというのに、葛葉(くずは)が深く息を()いた。

「こうも落ち着かぬものかのう……」

 珠璃(しゅり)も箸を置き、(ひざ)の上で指を重ねた。
 短い小袖の裾から覗く足首へ夜気が触れるたび、朱籬の格子の前に立たされていた時の心細さが戻ってくる。

 戸の外で、乾いた(あし)がからからと鳴った。

 風ではない。
 水辺の暗がりで、何かが身じろぎしたような音だった。

 壁の狐火が一斉に細くなる。
 青い火の芯が、針のように尖った。

 九郎助(くろすけ)が立ち上がる。

九郎助(くろすけ)さま」

 団吾(だんご)の大きな眼に動揺が走った。
 落としかけた飯櫃(めしびつ)(ふた)を抱え込み、小さな肩を強張らせている。

 こぉん。

 間を置いて、また一つ。

 こぉん、こぉーん。

 子狐たちの鳴き音が、葦原(あしはら)の向こうで次々に上がる。

 九郎助(くろすけ)は戸口を抜けるなり、背を低く沈めた。

 朝、迷い子の泣き音へ走った時と同じだった。
 思案より先に、身体が前へ出る。
 守る獣の動きだった。