朱籬姫の嫁入り 〜売られた花魁は、大妖狐の番として囲われる〜

 草庵は広すぎず、狭すぎもしない。
 けれど、何をしてよいか判らない者を置くには、あまりに余白が多かった。

「座ればよい」

 葛葉(くずは)は火箸で炭を寄せた。
 ぱち、と爆ぜる。
 その音に、珠璃(しゅり)の肩が跳ねた。

 葛葉(くずは)は少し眉をひそめる。
 揶揄(からか)うでも、哀れむでもない。
 ただ、その反応を見ていた。

(くるわ)では、そんなにも音に怯えるものか」
「怯えてなど」
「おる」

 珠璃(しゅり)は、また何も言い返せなかった。
 膝を揃えて座ると、襦袢(じゅばん)の裾が畳の上へ広がった。

(あに)さまは、なぜお前を連れてきたのじゃろうな」

 葛葉(くずは)の口調は、珠璃(しゅり)を責めるものではなかった。
 見慣れぬ草花でも眺めるような、何気ない(つぶや)きだ。

「さぁ……でも、他に行くところがない」
「判らぬなら、(あに)さまに()けばよい」

 そんなことが叶うなら、と珠璃(しゅり)は思った。
 けれど言葉にはならない。

 葛葉(くずは)は火箸を置いた。
 横から(うかが)い見ると、幼い顔をしている。
 それなのに金の(ひとみ)には、長い年月を帯びた叡智が宿っていた。

 珠璃(しゅり)のほうが、世知辛いものを多く見てきた(はず)なのに。
 なぜかこちらの奥ばかりを見透かされている心地がした。

()かぬまま(ちぎ)るよりは、ましであろう」

 (ちぎ)る。

 突然、何の話をするのだろう。
 珠璃(しゅり)は目を(またた)いた。

(あに)さまは、好きな(つがい)のみと(ちぎ)ると、以前から決め込んでおってな」

 好きな。
 (つがい)

 その二つの言葉が、炉の火より遅れて珠璃(しゅり)の頬へ熱を上らせた。

 九郎助(くろすけ)の手を思い出す。
 足の傷を清めた指。
 濡れた髪を乾かした狐火。
 客の前で作る顔をするな、と告げた金の眼。

 どれも先に(いたわ)りがあり、欲に(にご)ってはいなかった。
 なのに、葛葉(くずは)の口から(ちぎ)るなどと言われた途端、急に思い出してはならないもののように胸の奥で熱を持つ。

「……好きな、方と」
「そうじゃ。面倒であろう。(あに)さまは昔から、そういうところばかり真面目なのじゃ」

 葛葉(くずは)はそれ以上を説明しなかった。

 狐は夜のものだから昼は眠るのじゃ、と言って、炉端に尻尾を丸めて横になってしまう。
 残された珠璃(しゅり)だけが、火の(そば)でいつまでも目の置き場に困っていた。