朱籬姫の嫁入り 〜売られた花魁は、大妖狐の番として囲われる〜

 夜明け前、九郎助(くろすけ)は気楽な兵児(へこ)帯姿で、草庵の戸口を開けた。
 慣れぬ場所で浅く眠っていた珠璃(しゅり)は、戸板の軋みに目を覚ます。

 葭海(よしうみ)を越えて来たばかりの身には、草の匂いも、土の湿りも、まだ遠い国のものだった。
 寝具の重みも、炉に残る灰の匂いも、何(ひと)珠璃(しゅり)の馴染みのものではない。

「悪い。起こしたか。……着いて早々だが、呼び出された」

 気付いた九郎助(くろすけ)が、戸口で振り返った。
 その尾が、朝霧を軽く払う。

 九郎助(くろすけ)の尾は一本だと思っていた。
 けれど障子に落ちた影を見れば、九本の尾がゆらりと重なっている。

葛葉(くずは)珠璃(しゅり)を頼む」

 見送りに来たのだろう。
 葛葉(くずは)が、炉端にちょこんと座っていた。

 眠そうな顔のまま、聞こえておる、とでも言うように片手を上げる。
 もう片方の小さな指先には、狐火が(とも)っていた。

 それを囲炉裏の炭へ、ぽとりと移す。
 炭が、ぱち、と鳴って赤く起きた。

「頼まれずとも、客人の世話くらいできるわ」
珠璃(しゅり)。門の外へは出るな。戻るまで、ここにいろ」

 返し方が判らず、珠璃(しゅり)は頷いた。

 九郎助(くろすけ)一息(ひといき)吐き、草の上へ一歩を置く。
 その姿は、朝霧に(ほど)けるように消えた。

 残されたのは、緋の襦袢(じゅばん)を重ねたきりの珠璃(しゅり)と、妖狐の姫君のみだった。