朱籬姫の嫁入り 〜売られた花魁は、大妖狐の番として囲われる〜

 珠璃(しゅり)が風呂から戻ると、炉辺にはもう火が入っていた。
 湯を使った後の身体へ、冬の気が容赦なく襟元から入り込んで来る。

 九郎助(くろすけ)は炉端に座していた。

 戻った珠璃(しゅり)を見上げた金の眼が、濡れた髪の先から、襦袢(じゅばん)越しの細い肩へ落ちて止まる。
 替えの小袖はない。
 珠璃(しゅり)は、まだ襦袢のままだった。

「……もう少し、よく拭け」

 九郎助(くろすけ)は立ち上がり、珠璃(しゅり)の後ろへ回った。
 指先が一つ上がる。

 金の狐火が、ぬばたまの黒髪の間を滑った。
 濡れて首筋へ貼り付いていた髪が、するすると乾いていく。
 髪がふわりと持ち上がり、耳朶(じだ)のあたりを撫でて過ぎた。

 その感触に、珠璃(しゅり)は思わず肩を(すく)めた。

 九郎助(くろすけ)は何も言わず、土間の台所へ向かった。
 戻って来た手には、指樽(さしだる)手拭(てぬぐい)がある。

「足を出せ」

 言われて初めて、珠璃(しゅり)は自分の足が傷だらけであることに気付いた。
 冷えた石を踏み、泥を蹴り、(あし)の根に引っ掛けた足である。
 爪の際には黒い土が入り、指の腹には細かな切り傷が走っていた。

 九郎助(くろすけ)珠璃(しゅり)の隣へ腰を下ろし、手拭(てぬぐい)へ酒を含ませた。
 足首を取る手つきは荒くない。
 けれど迷いもなかった。

 親指から順に、指の間を拭われる。
 傷へ酒が触れた途端、ぴり、と熱が刺した。

「痛むか」
「……このくらい」

 答えると、九郎助(くろすけ)はそれ以上聞かなかった。
 ただ、土を拭い、傷口を確かめ、爪の際まで丁寧に清めていく。

 触れられている。
 そう思うほど近いのに、九郎助(くろすけ)の指は珠璃(しゅり)の伊達締めにも腰紐にも掛からない。
 濡れた肌へも、首筋へも、胸元へも届かない。

 ただ足だけを取っている。
 逃げるために傷ついた足を、(ひと)つずつ、元の形へ戻すように。

 触れられることに、こんなにも身構えなくてよいのだと、珠璃(しゅり)は知らなかった。

 知らなかったから、(かえ)って息の仕方が判らなくなる。