葭海の向こうに、里が見え始めていた。
珠璃には初め、それが九郎助の言う里だとは判らなかった。
人間の里にしては、灯りが低かった。
背の高い葦の根方に隠れるように、ぽつり、ぽつりと火が揺れている。
家々は葦の中から生えたように寄り添い、屋根も垣も、水と草の匂いを含んでいた。
人が住む場所というより、葦原がほんの少し姿を変えて、形ばかりの家を成しているようだった。
ここが、妖の住む隠里なのだ。
そう気づいた時、舟はもう、水際の影へ吸い寄せられていた。
葦舟が進むにつれ、葦は大人しく左右へ分かれ、隠されていた道が現れる。
「夏になれば、里は一面の稲田になる。出穂の時期など、殊に美しい」
言われて目を凝らすと、隣の田には刈り株が残っていた。
雨に打たれ、泥の色を濃くしている。
珠璃には、田の良し悪しなど見ても判らない。
けれど、水の色がただの川や池とは違うことだけは見て取れた。
土を含み、根を抱え、次の季節を待っている水なのだ。
「少し海水を引き入れると、害虫除けになる。このあたりでは水路を細かく切り、塩気を含んだ水を田へ回すのだ」
九郎助の言い方には、僅かな誇らしさがあった。
自分の宝を見せるように、雨に濡れた田を見ている。
水田の縁は低く、畦は細い。
海と里と田が、互いに少しずつ混じり合っている。
その上を、九郎助の狐火が滑っていく。
金の火は水面を焼かず、沈んだ稲株の影を撫でるように渡った。
夜の田は、まだ春の冷たさを抱いている。
けれど狐火の通った跡だけ、夏の稲穂が、まだ見ぬ色で揺れたように見えた。
舟が水路の行き止まりで岸へ触れると、土の匂いが濃く漂った。
珠璃には初め、それが九郎助の言う里だとは判らなかった。
人間の里にしては、灯りが低かった。
背の高い葦の根方に隠れるように、ぽつり、ぽつりと火が揺れている。
家々は葦の中から生えたように寄り添い、屋根も垣も、水と草の匂いを含んでいた。
人が住む場所というより、葦原がほんの少し姿を変えて、形ばかりの家を成しているようだった。
ここが、妖の住む隠里なのだ。
そう気づいた時、舟はもう、水際の影へ吸い寄せられていた。
葦舟が進むにつれ、葦は大人しく左右へ分かれ、隠されていた道が現れる。
「夏になれば、里は一面の稲田になる。出穂の時期など、殊に美しい」
言われて目を凝らすと、隣の田には刈り株が残っていた。
雨に打たれ、泥の色を濃くしている。
珠璃には、田の良し悪しなど見ても判らない。
けれど、水の色がただの川や池とは違うことだけは見て取れた。
土を含み、根を抱え、次の季節を待っている水なのだ。
「少し海水を引き入れると、害虫除けになる。このあたりでは水路を細かく切り、塩気を含んだ水を田へ回すのだ」
九郎助の言い方には、僅かな誇らしさがあった。
自分の宝を見せるように、雨に濡れた田を見ている。
水田の縁は低く、畦は細い。
海と里と田が、互いに少しずつ混じり合っている。
その上を、九郎助の狐火が滑っていく。
金の火は水面を焼かず、沈んだ稲株の影を撫でるように渡った。
夜の田は、まだ春の冷たさを抱いている。
けれど狐火の通った跡だけ、夏の稲穂が、まだ見ぬ色で揺れたように見えた。
舟が水路の行き止まりで岸へ触れると、土の匂いが濃く漂った。



