朱籬姫の嫁入り 〜売られた花魁は、大妖狐の番として囲われる〜

 夜半過ぎ、紅扇(べにおうぎ)(ねえ)さまが来た。

 深朱(みあけ)を閉じ込めている夜に限って、見世番の姿がない。
 いつもなら妓夫台(ぎゅうだい)に目を光らせている男たちも、どこかへ払われていた。

 (ねえ)さまは格子の前へ腰を落とした。
 袖から、小さな包みを出す。

九郎助(くろすけ)稲荷へ。そこが一等近うござんす。お行きなんし」

 包みが、格子の縦桟(たてざん)の合間から押し込まれる。
 指先に(ねえ)さまの指が一瞬触れ、すぐに離れた。
 深朱(みあけ)は両手で受け取った。

 包みの中には、古い守り木札が入っていた。
 角の擦れた木の感触が、布越しに(てのひら)へ当たる。

「見張りの若衆(わかしゅ)は……」
「言いつけを疑うんじゃありんせん」

 紅扇(ねえ)さまは嫣然(えんぜん)と笑った。
 見張りの若衆(わかしゅ)が、紅扇(ねえ)さまを通す(はず)がない。

 金を握らせたのか。
 それとも、金では足りなかったのか。
 そこから先は、考えたくなかった。

「これで、お別れかもしれないね」

 その言葉の意味を、深朱(みあけ)はすぐには取れなかった。
 問い返すより先に、(ねえ)さまは立ち上がる。

 左右に分けた長い緞子(どんす)と、金襴(きんらん)のふきの裾が、格子の前を流れていく。
 やがて、その華やぎも闇の方へ消えた。

 残されたのは、格子の内の深朱(みあけ)と、外へ続く夜(だけ)だった。

 (しばら)くして、深朱(みあけ)は遅れて悟った。
 紅扇(べにおうぎ)(ねえ)さまの言葉の意味を。

 逃げろ。

 そう言われたのだ。