朱籬姫の嫁入り 〜売られた花魁は、大妖狐の番として囲われる〜

「まあァ、似合うこと」

 遅れて来た番頭新造(しんぞう)が、格子越しに(わら)った。

「花は、花籠に入れておくものだァねえ」
「いっそ札でも下げておきんすか。明日の突き出し前に、よい見世物になりんしょう」
「気の強い子は、格子に入れると眼が映えんすよ。嗜虐(しぎゃく)心のある客が喜びんす」

 若衆(わかしゅ)の一人が、金棒の先で格子を(つつ)いた。
 かん、と乾いた音が鳴る。
 その音に合わせるように、往来で誰かが()き出した。

「なんでェ。遊女のくせして、狐が籠へ入れられた顔をしてらァ」
「男を上手く化かしてみせろや。銭の一つも落としてやらァ」
「これは明日には、どこぞの旦那のお(なぐさ)みよ」
(いや)ァ、花なら花でも、男の手で揉みくちゃに手折(たお)られる花だ」

 どっと野次が飛ぶ。

「明日の支度まで、そこで頭を冷やしておいで」

 遣り手婆が薄く塗った口(もと)(ゆが)めた。
 (しわ)の奥に入り込んだ胡粉(おしろい)が、灯りを受けて白く浮いている。

「ここから、よォく見ておきな」

 最後通牒だった。

 深朱(みあけ)は返事をしようとした。
 けれど、もう何を言っていいのか判らなかった。

「格子の内が、お前の居場所だよ。外へ出られると思うから女は勘違いをするんだ」

 謝れば済むのか。
 歯向かえばよいのか。
 泣けば(ゆる)されるのか。

 どれも違う気がした。
 きっと、この者たちは返事など求めていない。

 自分らのやりたいように、品物を扱うだけ。
 欲しいのは、深朱(みあけ)が格子の内で小さくなる姿だ。
 裾を汚し、(ひざ)を腫らし、目を伏せ、(ようや)く自分の値を思い知る姿だ。

「見なんし。あれが、明日の新花魁だとさ」
「あーあァ。莫迦(ばか)だねェ。花魁になれるってのに、泣いて眼を()らしてらァ。値が下がるわァ」
(わっち)らからしたら、羨ましいこった。いい御身分だねえ」

 また笑いが起こった。
 今度は往来を行く、勤め上がりの遊女たちからだ。

 髪を崩し、胡粉(おしろい)を疲れた肌に残した女たちが、格子の中の深朱(みあけ)を見て(わら)っている。
 (いや)がる深朱(みあけ)を、誰も助けようとはしない。
 いつか、どこかで見たことのある光景なのだ。

 笑いは格子に当たり、細く裂け、深朱(みあけ)の足許へ落ちてくる。
 一つ一つは軽いのに、積もるほど息が詰まった。

 紅籬楼(こうりろう)は、気概のみは一足早く、大見世然とした総籬(そうまがき)である。
 (くるわ)の最高格を真似たその格子は、見事に深朱(みあけ)を閉じ込める役目を果たしていた。

 人を飾る。
 人を隔てる。
 人を、品へ変える。

 格子の向こうで、遠くの仲之町(なかのちょう)の灯りが一つ、また一つと落とされていく。

 何刻が過ぎただろうか。

 大華通(たいかどおり)の大見世の(ざわ)めきが遠のいている。
 外はまだ夜の匂いをさせていたが、深朱(みあけ)のいる場所のみ、もう明日の値札が下がっているようだった。