朱籬姫の嫁入り 〜売られた花魁は、大妖狐の番として囲われる〜

 階下へ下りると、見世の空気が肌へ(まと)わりついた。
 伽羅(きゃら)胡粉(おしろい)煙草(たばこ)と人(いき)れ。

 通りへ向いた張見世には、格子が幾本も()められている。
 若衆(わかしゅ)の一人が戸を開け、もう一人が深朱(みあけ)の背を突いた。

 本来なら、そこに並ぶ者は客へ向けて笑う。
 値踏みされるために、綺麗な顔を作って。

 その格子の内へ、深朱(みあけ)は押し込まれた。
 今夜は通行人に見られながら眠れ、ということだ。
 眠る姿まで見世物にされる。
 そう思った途端、畳よりも格子の冷たさの方が身に迫った。

 よろめいた身体が、敷居を越える。
 血の滲んだ(ひざ)が、冷えた畳へ落ちた。

 ここは寝るための場所ですらない。
 客に見せるための場所だ。
 女を並べ、選ばせ、値を付けさせるための場所だった。

 膝をついたまま、深朱(みあけ)は畳の縁を掴んだ。
 爪の先が(ふる)える。
 立たなければと思うのに、腰がうまく上がらない。
 髪の先が肩から落ち、血と埃の匂いが鼻の奥へ絡んだ。

 そこへ、丸めた布団が、乱暴に投げ込まれた。
 畳へ落ちた衝撃で、古い埃が(かす)かに舞う。

 かちり、と背後で留め金が落ちた。
 戸が閉まる。
 その一音で、背中の外側にあったものが、すべて遠ざかった。

 格子の内から見る外の光景は、細い黒い線で幾つにも裂けていた。

 裏から(まわ)って来た遣り手婆の顔。
 若衆(わかしゅ)の下卑た笑い。

 通りに並ぶ灯り。
 行き交う人々の袖。
 硬い土に落ちる足音。

 そのどれもが格子の目に切られ、細く、遠く、(ゆが)んで見える。

 同じ見世の中にいる(はず)だった。
 つい先ほどまで、あちら側に立っていた(はず)だった。
 けれど、もう違う。

 外は見える。
 見えるのに、そこは牢獄だった。

 手を伸ばせば届きそうなのに。
 格子の隙間から指を差し出せば、灯りの熱くらいは拾えそうなのに。
 もう、あちら側へは戻れない。

 明日からは、無邪気でいられた場所へ二度と戻れなくなる。
 女として、客の前へ押し出されるのだ。