朱籬姫の嫁入り 〜売られた花魁は、大妖狐の番として囲われる〜

 深朱(みあけ)がそこまで考えたとき、ふいに視線が絡んだ。
 格子の外に立つ、一人の客だった。

 見られた。
 そう気付くより先に、もう値踏みされている。

 年(かさ)の男だった。派手ではない。
 けれど袖の質も、脇に控える者の目つきも、ただの素見(すけん)ではないことを示している。
 通人(つうじん)なのだろう。
 穴知りで訳知りと呼ばれる客だ。
 遊郭の表も裏も知り尽くした顔をしていた。

「あの振新(ふりしん)は、いずれ化けるな」

 通人(つうじん)が見ていたのは、先輩新造(しんぞう)などではなかった。
 背後に身を縮こまらせていた、もっと若い深朱(みあけ)だ。
 まだ格子の内に正式に座る歳でもないというのに――。

 番頭新造(しんぞう)が、すかさず話の腰を折る。

「あら、旦那。お目が高いこと。まだ格子にも据えちゃいない子でありんすよ。先々の水揚げまで唾をつけておきなんすか。高う付きんすよ」
「考えておこう」

 番頭新造(しんぞう)の顔色が変わった。
 口先で高値をふっ掛け、引かせる腹積もりだったのだろう。
 その目論見を、思いがけずひっくり返されたのだ。

 深朱(みあけ)の背を、冷たいものが伝った。
 水揚げという言葉の意味は、もう知らぬ年ではなかった。
 知っていても、そ知らぬ顔をしなければならない年だ。

 番頭新造(しんぞう)の目が、一瞬こちらへ走った。
 羨みとも憎しみともつかぬものが、胡粉(おしろい)の下でぬらりと光る。

 高く買われる娘を見付けた目だった。
 かつて自分には付かなかった値を、深朱(みあけ)の中に見て(しま)った女の目だった。

 部屋持ちにもなれず、格のある客にも選ばれず、(くるわ)の最底辺で年季を減らすだけの女がいる。
 屏風で仕切ったのみの(まわ)し部屋。名ばかりの割床(わりどこ)

 隣の気配も、女の嬌声も、男の荒い息も、畳の(きし)みも。
 何もかも筒抜けの場所で、身体ばかりを削られていく遊女。

 番頭新造(しんぞう)は、そうした地獄へ落ちることすら叶わなかった。

 紅扇(ねえ)さまより、先輩新造(しんぞう)より、更に下。
 客を取って年季を減らす列にさえ、入れてもらえなかった。

 金子(きんす)を払ってまで、誰も求めなかったから。
 身体を売って搾られる女にすら、なれなかった。
 そうして味噌が付いて、お鉢が回らなかったのだ。

 値が付かなかった女の恨みは、随分と性質(たち)が悪く、深いようだった。