君と綴る未来 一余命僅かな彼女と一

『ムリに忘れようとしたらダメなんだよ。悲しんだり、その人との思い出に浸ったり、その人との関わりを想像して物語にしたり。そうやって向き合っていくのが良いって、お母さんが言ってたよ』

 達也と仲良くなった頃。実はまだ母親の死を乗り越えられていないと嘆いたら、そう返してきた。
 大好きだった爺さんを亡くした達也が、親にそう言われたらしい。
 だからアルバムを見たり、思い出の場所に行ったり、親に話をしたり、そうやって乗り越えたと話していた。

 だから俺は、机の引き出しを開けて一冊の大学ノートを手に取った。
 無理矢理に折り曲げた跡があるのは、達也にクラス中に晒されて、何とも言えない恥ずかしさをぶつけたからだった。
 ノートを開ければ不自然な繋ぎ目があり、無理矢理テープで留めてある。
 これは感情のままビリビリに破ったもので、二度と開かねぇと思っていたが、あいつが俺の人生話を公募に出すことになり、持って行ったものだ。小道具の一つになれば、そんな思いだった。

 このノートを目にした時、あいつはまた俯き、目元をパジャマの袖に押し付けてやがった。
 いらん物見せたなと引っ込めたが、貸して欲しいと言われた。一週間後に返されたのは、テープでつぎはぎだらけになった一冊のノートだった。
 超難易度のジグソーパズルかよ、ってぐらいビリビリバラバラだった物を修繕し、完全には直らなかったと唇をギュッとさせていた。
 ……余計な物、持ってくんじゃなかったなと思いつつ、気付けば一ページずつ捲り、一文一文を噛み締めるように読み返していた。
 こんな粗末な物をずっと手元に残していたバカみてぇな気持ちを、こいつは理解してくれたのか……とか思いながら。
 
 ふぅと息を吐き、目を閉じれば、高校一年生の春に俺を連れて行ってくれる。
 あいつを認識したのは、国語の授業で小論文を書く為のグループワークだった。今思えば、俺はあの文章に強く惹かれていた。
 桜の並木道で声をかけられたあの日から、無色だった俺の人生は少しずつ色を取り戻していった。
 この家のリビングで執筆について語らい、指導の礼だと学校に弁当持ってきやがった時は肝が冷えたが、なぜか俺は突き返すこともなく便所メシを受け入れていたな。
 あいつの積極的な絡みにタジタジになりながらも、心の奥が温かくなっていく感覚は確かにあった。
 秋の文化祭なんて、荷物持ちを名乗り出た時には教室で叫んで、悪目立ちもいいところだったよ。
 ま、クレープは美味かったから特別に許してやるけどな。

 そんな思い出の一つ一つを、まるで紙に聴いてもらうかのように、俺はただ手を仕切に動かす。
 あった出来事、会話、あいつの表情や仕草、美しかった声、俺は何を考え、どう接してきたか、……本心はどうだったのか。
 飾り気もない剥き出しの感情を、ただノートに綴っていった。