君と綴る未来 一余命僅かな彼女と一

 無心で歩いて行けば、そこは桜の並木道。
 寒い冬を越した桜達は、また今年も花を咲かせようと着々と準備を始めている。

 もう少しで春が来る。
 新たな人生が始まる季節が。
 俺は生きている。だから、これからを考え生きていかなければならない。
 ……そんな当たり前のこと、分かってんだよ。
 だけど、だけどよ。

 あいつの笑顔が、泣き顔が、いたずらっ子のような子供みたいな表情が、俺の脳内にこびりついて離れないんだよ。
 どうしてだよ? 何であんなに直向きだったあいつが死ぬんだ?
 どうして、俺が生きてんだ?

 舞い散る桜と共に俺の世界に入ってきたあいつは、俺の心を震わせ、掻き乱し、奪っていき、雪と共に消えてしまった。
 あの本を遺して。
 あいつが居なくなって、何度も何度も繰り返し読んだ物語。
 もっと色々読みたかった。
 今度はあいつ自身の物語が読みたかった。もっと。もっと。

『お前なんか、生まれて来なければ良かったんだ!』
 蘇る、忌まわしい記憶。
 酒を飲めば暴言を吐くあの人を軽蔑して、ああはならないと誓った。自分が辛い時こそ相手を気遣い、支えられる人間へと。

『大丈夫? ムリしてない?』
 内藤の言葉を思い返し、俺は足を止める。
 そうだ、ああいう言葉が自然と出る人間になりたかったんだ。
 なのに、俺は。

 自室のドアをバンっと閉めれば、受験勉強に使用した参考書が机よりバサバサと落ちていくが、気にもしねぇ。

 ピコン。
 放り投げた学生鞄より、聞き馴染みの音が鳴り衝動的に手に取る。しかしながら、死んだ彼女が幽霊となってメッセージを送ってくるという小説的展開などあるはずもなく、差出人は生きている人間だった。

『久しぶりに小説書いたんだ。またアカウント作ったから、気が向いたら読んでくれないか?』
 丁寧な文章は未来に似ているが、絵文字もスタンプもねぇ肩が凝りそうなほどの文面。もう一人のバカ真面目、達也だった。

 ここ三日ぐらい、寒いなとか、海が荒れているとか、くだらねーことばかり送ってくる。
 ……まあ、理由は分かってる。別の高校でも、誰かがタバコで停学になったとか、暴力沙汰を起こしたとか。そんなどうでもいいことが風のウワサとなって流れてくるぐらいだ。
 だから、ウチの高校で病気により亡くなった女子がいる話が他校に流れていても、別に驚きもしねぇ。

 前に話したこと、信じてくれたんだよな。
 アイツなりに気にかけてくれてんだよな。

 分かっているが俺の指先は動かず、今日も既読スルーしちまう。
 情けねぇよな、逃げないと約束したのによ。

 目を閉じれば闇に包まれ、ストンと落ちる。
 眠っている間だけは、何も考えなくて済む。
 それは母さんが死んだ時に気付いた、自分を守る手段。
 だから、もう良いんだよ。もう……。


 コンコンコン。
 耳障りな音に目を開くと、視界の先は真っ暗だった。
 カーテンが開きっぱなしの窓からは街灯が光り、現在が夜だと分かる。
 ……何の音だ?
 頭をグシャとしつつ、どうでも良いとまた目を閉じると、また鳴る不快な音。ドアからだ。

 ベッドから顔を上げると華が舞うような甘い香りがし、まさかと思いドアに駆け寄る。

 死んだ彼女が会いに来てくれる。
 そんな夢物語信じるわけねーが、今だけは縋りたくて、もう一度だけ会いたくて。俺は衝動的にドアをバンっと開けた。
 そこには。

 スーツにネクタイ姿の硬い表情をした男。
 ……父親が、立っていた。