君と綴る未来 一余命僅かな彼女と一

「題名 青い若葉のように 作者 西城寺 華」
 コホンっと咳払いをして始めるが、どうにも声が裏返っちまって上手くいかねぇ。
 こいつみたいに川が流れるような滑らかさには遠く及ばず、詰まり詰まりで正直聞き取りにくいだろう。
 でもこいつは、「うんうん」と返事をするように頷きながら、俺の顔をずっと見つめてくる。
 俺が噛んでせっかくの場面が台無しになっても目を細めて笑いかけ、俺が思わず口篭ってしまったら口元を下げ。抑揚なんか付け出したら、小さくふふっと声を漏らす。

 俺を主人公にした「青い若葉のように」は幼少期に母親を病で亡くした少年が、妻の死を受け入れられなかった父親とのすれ違いから始まる、決裂からの再生物語だった。
 孤独を救ってくれたのが、生前の母親が読んでくれた絵本。創作をすることにより生きる希望を見つけた少年は、執筆友達を見つけて共に書籍化デビューの夢を目指して奮闘していく。
 しかし、実力の差に限界を感じた友人の裏切りにより、書いた小説をクラス中にばら撒かれてしまう。
 友人が追い詰められていたことが分からなかった主人公は人間不信に陥り、心を閉ざしあえて嫌われるような言動を取るようになる。
 それを変えてくれたのは、直向きな文学少女。……ではなく、直向きな文学少年だった。
 根は優しいからこそ面倒見の良い主人公は文学少年と交流を持ち、過去と向き合っていくという、まさしく藤城直樹の痛い人生そのものだった。

 だが、書籍版では一つ大きく変わっていることがある。文学少年は、文学少女になっていた。

 改稿作業の時、実は文学少年は自分だったとこいつは打ち明けた。
 すると途端に、担当編集者は少女にした方が感情描写がより深くかけると勧めたらしい。
 ったくよ。俺も公募に出す前に、お前と同じ女子にした方が感情描写しやすいと散々言ったのにスルーしたくせに、編集者の言うことは聞くのかよ。
 ……まあ、プロは色々見据えてのアドバイスだから、説得力の違いがあんのは仕方がねーけどよ。

 うん。やはり主人公のターニングポイントになるのは、文学少女だ。勿論、少年でも良かったが、やはり自身のリアルな心情を書くなら性別も同じにした方がブレがない。
 男子に話しかける女子の表情、気後れを感じさせる小さな声、周囲の目を気にする仕草。距離の詰め方がまどろっこしくて、常に言葉を選んでて。
 だけど仲良くなりたいからってムリに明るい自分演じて、勇気出して声かけて、話ができたら心の中で頑張ったと褒める。

 これはこいつが女子として実際に経験したからこその戸惑いの心情で、二人が男子同士だったらこの絶妙な空気感は出せなかっただろう。

 頼む、神様。最後に時間をくれ。
 こいつが命を削って書いた物語を最後まで聞かせてやってくれ。頼む。頼む。


 雪が静かに舞い散る中、俺はひたすら朗読する。いつの間にか日付が変わり、エンドマークを目にした時には、二時間半が過ぎていた。

「ありがとう。ありがとう」
 ずっと意識を保っていたこいつの目から、美しく澄んだ涙が溢れてゆく。
 俺はガラにもなくズボンのポケットからハンカチを取り出し、こいつの涙をそっと拭う。
 神様、ありがとうな。最後に時間をくれて。

 本編が終わり次のページを捲ると、作家のあとがきが記載されていた。
 そこにはこいつ自身の病気のことが書いてあり、もう長くないこと。自分を愛し、育ててくれ、執筆を最後まで応援してくれた母親への想い。余命を承知で出版してくれた、担当編集者や出版社への感謝の言葉が綴ってあった。

「この本を一番に捲るのは藤城くんだから」
 そう言ってくれたあいつの母親に読んでもらわないとな。
 そう思い次のページを捲ると、俺の心臓はドクリと鳴る。
 そこには、この作品の主人公のモデルになった者への個別メッセージまで綴ってあった。
 ……つまり、俺にだ。
 はぁ? っとガンを飛ばすと、「えへっ」と言いたげに目を逸らしてくるこいつ。
 これは、やられたな。