君と綴る未来 一余命僅かな彼女と一

「物心がつく頃から私は入院してて、外の世界を知らなかったの。治療は痛くて、辛くて。注射針を見るだけで、泣いちゃってたな。……いつも思っていたの。この世界は広いのに、どうして私だけ病院から出てはいけないんだろうって」
 病気に対して、両親にも医師にも弱音を吐かなかったこいつが初めて本心を語り出した。

「病気が治って学校に通えるようになったけど、その時には友達関係とかできてるし。引っ込み思案だから、自分から話かけられないし。体のことあるから体育休んだり、他にも配慮してもらわないといけないことあって。そしたらみんなにズルいとか言われて。避けられるようになって。……外には幸せな世界があると信じて、あんな辛い治療に耐えて完治させたのに、待ち受けていたのはこんな現実だったんだなぁって打ちひしがれたな……」

 ムリに上げた口角に、スッと流れる一筋の光。
 そこには、俺が想像していた以上に残酷な現実があった。
 子どもゆえの無理解が、こいつを苦しめたのか。

「でもね、物語の中では私と違う私になれるの。友達がいっぱい居て、外で遊んで、日が暮れるまで走り回って、遅く帰ってお母さんとお父さんに怒られる。そんな私になれるの。だから私は、小さい時から読んでもらってた本をいつも読み返していたの。いつも頭の中で物語を作っていた。気付けばノートと鉛筆を手に取り、物語を書いていたの。その中の私はいつも自由。それが小説を書き始めた理由だった」
 こいつの駆け出しの作品は未就学児が読むぐらいの児童書で、書き綴ったノートを見せてもらったことがあった。その主人公たちは、今にも翼を生やして飛び立ちそうなぐらい明るく活気よく希望に満ち溢れていた。
 あれがこいつの理想の姿。そうだったのか。

「小説を書くことが私の生きる理由。そう思って小中学生対象の児童書の公募に挑戦していって。落選繰り返しても楽しくって。これが人生の目標だと決めた時に……微熱を繰り返すようになったの。まさかって感じだったし、今更って隠していたんだけど、倒れちゃって。検査なんか受けないとゴネたんだけど、お母さん泣いてて。だから、受けて、再発だって聞いて。お母さん、余計に泣いちゃって。ああ、何で隠せなかったんだろうとか思って。私、何か悪いことしたのかと自問自答を繰り返したの。だけど治療したら治る。きっと大丈夫だと信じて。背中まで伸ばした髪も失って。それでも治るからって言い聞かせて。でも、十三歳の時に完治は難しいと聞いて。何のため治療に耐えるのか分からなくて。生きる理由とか、分かんなくなって。小説書いてもどうせ死ぬからと一度は筆を折ったの」
「お前が?」

「うん。もう全てが嫌になっちゃって、治療拒否して自分の部屋に閉じこもったの。ご飯だけでも食べてと言う、お母さんの言葉も聞かずに。小説投稿サイトの物語を読んで、また違う自分になろうとしていた。その時に、あなたの物語に出会えたの。困難にぶつかっても逃げずに戦う主人公。でも、その内心は繊細で心に傷を負っていて脆いところもある。それでも、主人公は立ち上がる。『生きる理由なんて、後付けで構わないじゃないか。誰かのため、自分のため、適当に理由を付けたら。死ぬ時に、まあ頑張ったなと思えたら、それで良いだろう』。その言葉が一番効いたかな?」
「それって……」

 俺が書いた小説の一文。
 青春文学賞に応募して三次選考までいった、自殺願望がある女子と、明日に希望を見出せない男子が、生きる理由を探す話。

「なんだか、境遇が私みたいで。違う私になろうとしているのに、今の自分を見つめることが出来て。負けてられないなって。だから私、もう一度人生に向き合うと決めたの。今まで治療を優先させてきたから、普通の高校生活を送りたいって。今度こそ友達作って、いろんな話して、遊びたいなって」
 こいつの明るさは、初めからではなかった。
 人生の終わりが近いと分かって。
 だから勇気を出して、自分が描いた「理想の自分」になって一歩前に進んだ。
 これが、吉永未来の物語。
 なんだよ、こいつ。すげえ奴じゃねーかよ。

「余命が分かった時は神様を恨んだけど、今は感謝している。高校で友達が出来て、そして須藤 翼さんに出会えたのだもの。作品全て消してしまって、他の投稿サイトを探してもいなくて。諦めていたけど、まさか高校で対面出来るなんて思わなかった。その人に、私の小説読んでもらえるなんて夢みたいだった。だから、生きてて良かった」
 柔らかな笑顔を向けてきたこいつに、俺はただ手を伸ばしていた。闘ってきた勲章を隠す、毛糸の帽子へと。

 しかしその瞬間、体が力無くこちらに傾いてきて、腕は急遽方向転換を行い、骨ばった肩を持つ。

「……危ねぇな」
 語気を強めて、これは不可抗力だと牽制した。だが、あいにくその必死はなかったようで、反応がないと顔を覗き込むと、力無く目を閉じていた。
 穏やかな表情と、息遣い。どうやら話疲れたのか、そのまま眠ってしまったようだ。
 ったく、ヒビらしやがって。

 備え付けてあるリモコンを触ればベッドのギャッジを下がり、首元までにごそっと布団をかける。
 浅い呼吸を繰り返すその姿に気付けば手は伸びていて、こいつの頬にそっと触れていた。

 冷たくて、硬くて、血色が悪い。
 なあ、あの薄紅色のやわらかそう頬はどこにいってしまったんだよ?
 
 降りゆく雪は桜の花びらのように美しいのに、どうしてこいつは生きられない運命にあるんだよ?
 何度問いても、その答えは返ってこない。
 ただ一つ言うなら。「そうゆう運命だから」か?
 それはあまりにも理不尽で、残酷で、そしてどうしようもない事だった。