君と綴る未来 一余命僅かな彼女と一


「……直樹。来てくれて、ありがとう」
 両膝に手を付き、深々と頭を下げたコイツ。……達也は、この姿勢のまま黙り込み、そしてこの言葉を口にした。

「あの時は、本当にごめん。謝って許されるとか、そんなこと思ってないけど。ごめん。……ごめん」
 押しては引いていく波と、風の唸り声。僅かに聞こえる鼻を啜る音。膝に置いていた手は顔面にきていた。

「……どうして、あんなことしたんだよ?」
 ザパッと鳴る波のように俺の声色は低く、語気が強くなる。
 あの時の話をされると、やはり冷静になれない自分が顔を出してきた。

「嫉妬……だった。と、思う。だって、本が好きなのも、書き始めたのも、内容も、殆ど同じだったし。なのに直樹はどんどんと上手くなって、……俺は」
 途切れ途切れに話されたことは、まさにあいつが小説に書いた内容と同じで、コイツがあの話を書いたのではないかと錯覚するほどだった。

 あいつの書いた筋書きなら、ここで主人公は親友の気持ちを理解し、友達には戻れないが作家仲間になら戻ってやると宣言。それにより二人は友人関係を築く為に小説を書くというキッカケができ、連絡を取り合い作品を見せ合う中で互いの長所を認めて、大学の文学科に進学し再会する。
 あいつが考えた、人間不信により人生を捨てていた哀れな男の再起ストーリー。
 あいつが考えそうな、コテコテなヒューマンドラマ。

 だけど、良いだろ? 物語ぐらい、幸せなハッピーエンドで終わらせても。現実なんて、信じらねーぐらいに、エゲツないことばかりなんだからよ。

 ……しかし俺は。

「そんな上っ面な理由、どうでもいい。お前の本心を話せよ」
 頭を下げ、許しを蒙る奴にも一切の容赦なんてねぇ。吹き荒れる潮風のように、その言葉を冷たく放った。

「……えっ」
 やっと上げてきた顔面は歪み、眼球を動かし、明らかに逸らしてきやがる。

『小説は登場人物の物語だ。だから人の動きを書けるように、普段から周りの人をよく観察するんだよ。表情、声、仕草。人はどんな時に、どんな姿になるか。それを書けると、一気に読者を小説の世界に落とし込めるんだよ』

 不意に過った、コイツとの小説談義。
 青春文学賞の二次落ちした時に、出版社からもらった講評に「キャラクター描写が弱い」と書いてあった。
 それを達也に相談したらこう返され、人間に興味がなかった俺は達也ばかり見ていた。

 だからこそ、分かるんだよ。この顔を見せる時は、俺に後ろめたいことがある時。
 やはり、本心はまだあったのだと。

「達也の親……、厳しかったもんなぁ」
 俺の声に体をピクッとさせたコイツは、視線と共に顔を下げ、唇を強く噛み締める。

 見てはならないと遠くに目を向けると、そこには西の空に広がる夕陽。
 クラスの奴らに小説執筆を知られたくなかった俺達は、学校が終わると速攻であの息苦しい空間から抜けだし、この空下で色々と話した。
 何の本が好きか、何をキッカケに小説を書き始めたか、
俺の複雑な家庭、そして達也の両親は教師で教育熱心な家庭であること、勉強と執筆が両立出来ないと嘆いていたことも。
 だからこそ。

「悩んでたのか?」
 そんな言葉が、自然と出てきていた。

「直樹には、関係ないだろっ!」
 声が低くなったせいか、口調が強いせいか。今までの穏やかで気弱な雰囲気はなくなり、表情が険しく様変わりしていく。
 しかしそれは一瞬のことで、伏せた目には光るものがあって、俺の視界まで揺れそうで。

「……ま、そうだな。親も知らねぇ奴に、口出しとかされたくねーだろうし。帰るわ」
 なんとか出した言葉を残し、達也に背向けて砂浜を蹴る。
 もう会うこともないであろう、かつての親友。
 元々、そのつもりだった。
 最後にコイツの本心を知れただけでも良かっただろ?
 抱えていたものが他にもあって、あんなことしちまったんだって。
 だからこれで、サヨナラだ。これで……。

「直樹は、ムカつくんだよー!」
 不意に聞こえた怒声に、俺の脳内はキーンと不快な音を鳴らしてくる。
 心臓がありえねぇほどに速く鳴り、広がる白浜がチカチカと光ったような錯覚を起こし、世界がグラッと揺れたような気がした。
 聞き違いであることを願って振り返ると、それは現実だと突き付けてくる息切れしている達也の姿。
 嘘……だろ?
 はぁーと大きく吐く溜息は、アイツのものと違って遅い。
 だけど息遣いが遅いからって別に動揺してないとか、そうゆうことではない。それを身を持って今知った。

 情けねぇな。普段は相手を怒鳴り散らしているくせに、いざ自分がされたら怯むなんて。