君と綴る未来 一余命僅かな彼女と一


「じゃあ、明日な」
 ピクリとも反応がないこいつに声をかけ、病室のドアを開けて出て行く。

 いつもの廊下を歩き、階段を降り、正面玄関より外に出て、病院の敷地外より出れば、広がるのは当たり前の日常風景。
 車道では、うるせぇ音を鳴らした車が通り抜け。歩道では、部活帰りと思われる体操服を着た五人グループが、手を叩いて大笑いをし。自転車に乗った奴なんか、スマホを持ったまま運転しており、何考えているんだと怒鳴り散らしたくなる。
 
 そんな奴らから目を逸らし、遠くを見つめる。
 空に広がる茜色の夕陽と、遠くに見える白浜の海。そしていつの間にか、蝉の鳴き声が一切聞こえなくなっていた。

 ……どこに行っちまったんだよ?
 そんなこと分かりきっているのに、バカみてーな考えが脳内を駆け巡っていく。

 そうだよ。分かってんよ。
 頭を掻き毟り、足を止めて振り返る。今までいた敷地内の看板には、「がんセンター」とハッキリ明記されている。
 あいつは癌で、治療はもう出来なくて、延命治療しか受けれなくて、いつ急変するかも分かんねぇ。そんな状態なんだよ。


 クリスマスツリーの下。あいつに会いたい一心で走った時、覚悟したつもりだった。
 あいつの冷たい手を握った時、共に闘うと決めた。
 弱っていく姿を目の当たりにしても、側に居ることが当たり前だと思っていた。
 ……だけど、腹なんて全く括っていなかった。

 胸の奥底より襲ってくる恐怖。その時を考えると身震いを起こして、息切れを起こして、夜も眠れなくて。置いて行かないでくれと、叫び散らかしたくなる。

「……どうして、あいつなんだよ。くだらねぇ人間なんて、いくらでも居るだろ……」
 吐き捨てるように呟いた声は、周囲の雑談によって虚しく掻き消されていった。
 視界の端より誰かに見られている気配を感じ取り、そっちに目を向ける。
 こちらを睨み付けてくる人物は、眉間に皺を寄せ、目が鋭く、口角が下がり切っている、人相の悪い男。停車していた車のガラスに反射した、自分だった。

 何十回、いや何百回と唱えた言葉だった。
 しかし当然ながらその運命を代わってやることは出来ず、あいつは痩せ細り、俺は太々しくこの場に立っている。


 空を見上げれば、茜色の夕日が建物の陰に吸い込まれていくように、小さくなっていく。
 まるでその光りが、命の灯のようで。このままひっそりと消えてしまいそうで。

 俺は、ただ歩き出していた。車が行き交う道路に。